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カテゴリ:物語
4 思ったより親切な奴だ一応頭を下ておくことにする。エレベータはどこかなと探そうとすると、エレベータは目の前にあった。ドアはスーと開いてスーと閉じた。体が浮くような感覚、これは昇っていくのだな、外はまったくみえない箱である。体が下に引っ張られるような感覚がして、扉が開いた。何階なのか、そんなことを考えても意味がないと思った。今度は受付のカウンタのようなものがあった。声を出す代わりに咳ばらいをしてみた。すぐに内から声がした。 「いらっしゃい、お待ちしていました」 三つ目、口なし、鼻なし、さっきと同じだ。真ん中の目をウインクさせて目配りしている。真ん中の目をつむると人間らしく見えて可愛いものだ。 「驚いていますか、さっきと同じですよマルクスさん、あなたはここでの時間というのを解っていない。というよりあの世の時間間隔そのままですな、差し出がましいようですがあなた時計というものを持っていますか」 わたしは懐から懐中時計を取り出した。 「懐中時計とは珍しい、まああなたがあの世の時間で100年以上の前の人だから、それもうなづけますが」 「そうでしょう、わたしは大変いそがしい人間だから、どんなに貧乏してもこの時計だけは手放したことがない。質屋にも一度も入れたことがない。イギリスの庶民はロンドンの大時計でまにあうだろうが、わたしのようなエリートはそうはいかない。これは値打ちものだよ、親友のエンゲルス君が忙しいわたしに送ってくれたんだ」 わたしは思わず自慢話をしてしまった。らしくない。 「いまだに正確だ。1日1分も狂わない」 わたしはまた言ってしまった。 「そうでしょうね大事にしてくださ」 役人の三つの目が細くなった。あきらかに笑っている。失敬な奴だ。今何時だろう10時58分、午前か午後かわからない。バスの乗り場を思い出してみたが、暗くはなかったが太陽は見えなかった。でも夜中ということはないだろう。 「いまは午前10時58分だろ」 「あなたの時計は正確だ」 三つの目が完全に笑っているのが見てとれた。 「天国行きのパスポートと入国査証の審査はあの部屋でおこなわれます。この番号で呼ばれますからそこら辺の椅子で待ってください。待たされる時間が長いと癇癪を起さないように、時間はあなたに付いているだけだから」 役人が奥に消えようとしていた。わたしはもう少ししゃべりたかった。 「あなたがその部屋で審査するのでは」 役人は三つの目を大きく開いて笑った。 「それはないですね」 それでもわたしはたずねた。 「パスポートすぐに出るかね」 役人は首をかしげた。 「わたしにはわかりませんがね。あなたはあなたの時間で100年も待たされているということは、審査する側も迷っているのではないですか。あなたは超大物なんですよ、カール・マルクスさん。天国か地獄か判断がつきにくいのでしょ、でも髭がないとそう大物にも見えませんが」 「なんでわたしが地獄……」 という前に役人は消えた。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.08.20 13:16:09
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