|
カテゴリ:物語
6
マルクスさん、あなた呼び出しがかかってますよ。 あの三つ目の声だ。弱った心に宗教のように直接入り込んでくる。腹ただしいと思いながらもうベンチから腰を浮かしている自分がいるのだ。 そこには扉はなかった。トンネルと思えるような灰色の穴をくぐると部屋になっていた。そこでは溶けかけた氷がまた固まるような冷たさを感じ、わたしは身震いした。部屋はあくまでも灰色で色彩というものがなかった。 男が三人、横顔を見るとみんなまともな顔をしていた。 「どうぞおかけください」 物腰柔らかくメガネの男がい言った。鼻の下には私ほど立派ではないが髭を蓄えている。わたしはまた座り心地の悪い椅子に座ることになるのだった。 「わたしたちの方から声を掛けなければならなかったのですが、どのような判決を出さなければならないか迷っていましたから」 判決とは地獄送りのことか。わたしの体はこの冷たさに負けまいと熱くなる。脇の下から汗が出て、それが不快に冷たく感じるのであった。 神を否定するようなことはいわないようにしよう。現にあの世があるのなら神がいて当然ではないか……それにプロレタリア革命のことも言わない。わたしは天国の片隅でイエニーと一緒にいたいのだ、いまはそれしか考えられない。それはいいことなんだろう。自分の心に問いかけた。 「天国へ行くパスポートが欲しいのだが」 「そうですよね、ここはそれを審査するところですから」 メガネがこちらをまっすぐ見て言った。メガネのレンズのデコボコがはげしくて目が見えてこない。あんなのでものが見えるのか、いやいや余分なことは考えないことだ、ここはあの世なのだから。 「あなたは神を信じますか」 メガネの横の席の男が言った。髪が長くて目まで隠れている。 「ここに来て信じないわけにいかないでしょ、だけどこの世、いやあの世ではそれはわからないんだ。あの生真面目なカントだって、神の存在の証明の不可能なんて言っているじゃないか。神学者のトマス・アクィナスだってそうだ、あんな『神学大全』なんて大書をわざわざ書いたのは、神の存在を証明できないからなんだろ」 わたしは神のことなどいわないと決めた。それなのになにを言ってる。これでは最後の晩餐のユダのようではないか、わたしはなにを弁明しようとしているのか。 長髪の男の口元が笑った。わたしは口をつぐんだ。しかしわたしの頭の中では言葉が回り続ける。 いまここで神様がいる。天国がある。と言われればそうなんだけど、あの世ではそんなことはわからない。だから蛇やキツネを神の代替品としてありがたがる。蛇やキツネはまだ可愛いものだ。たまごかあげを供えとけばいいのだから。これがツボとなればいけない、あの中にお金がなんぼでも入るのだから、あれほど非生産的な収益は珍しい。ほとんど分母となるべき労働力がゼロなのだから、利益率は∞になる。∞にいくら数字を×ても∞になるから、政府は税率を決めることができない。税金が取れない、だから儲け放題なのである。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.08.27 12:58:55
コメント(0) | コメントを書く
[物語] カテゴリの最新記事
|