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カテゴリ:物語
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”tax haven”という言葉が浮かんだ。どうもいかん、変なことばかり考えてしまう。 しかしあのツボを覗けば何が見えるのだろう。天国が見える。そうじゃないんだ。地獄が見える。人間は意外なことに不幸になりたがっている。地獄を見ると自分がそんなに不幸ではないと思うのだ。神様に愛されるにはもっと不幸にならなくてはならないと、そのためにはこの世、いやあの世で一番大切なものを差し出さないと、それはお金だと思わされる。お金と神を天秤にかけさす。それがツボ売りの思う壺なのだ。 もともとイエスはお金と神(主)を天秤にかけてはいけないといっている。悪魔が石ころをパンにかえてみろと言ったとき、彼はそれを拒んだ。神(主)を天秤にかけてはいけないからだ。もしお金と神を天秤に乗せたら、お金は神の方にすべて流れてしまう。神より重いものはない。神は絶対唯一の存在だから比べるものがない。ということは交換価値がないのだ。対価を持ってしようとしたら無限対価になる。全財産を出しても満足な不幸を得られないのだが、それでも神様に愛されているという小さな幸福感は得られるだろう。神を持ち出した(神としての実体はなにもいらない)宗教団体と呼ばれている集団は無限利益を得ることができる。資本主義の世界では最優良法人といえないこともない。 神を天秤の皿に乗せようとするもの、神を個の人間のしもべとして利用しようとするもの、神に栄華をねだるもの、そのものたちをイエス・キリストは悪魔と呼んだのだ。…… 「カール・マルクスさん」 わたしはフルネームで呼ばれて自分の頭の中から抜け出した。 わたしをよんだ男と目が合った。わたしはその瞬間ある男の名が浮かんだ。バクーニンだ。そう叫びそうになった。同士でもあり、論敵でもあった男、懐かしい。声には出なかったが、ほほがゆるんだ。でも男はまったく態度をかえなかった。わたしの名を呼んだのだから……わたしはがっかりして肩を落とした。 「この世界は神が納めている。あちらの世界のサピエンスはみんなそう思い込んでいる。しかしこの世に神など在りはしないのです。ですからあの世で神を信じていた、信じていなかったということはここでは関係いないのです」 「では神はどこにいるんだ」 「あの世でしょ」 わたしはキツネにつままれたような気分だ。 「この、いやあの世には神はいないとわたしはいってきた」 「そうですかあなたの言うとおりなら、あの世にもこの世にも神はいない」 「しかしここには天国と地獄があるのでしょうが」 男のあごの髭がかすかに動いた。わたしはわたしの口元に髭がないことを悔しく思い唇をかんだ。 「ここでの天国と天獄のことを詳しく話さなけらばなりませんな、あちらから来た方はみなさん地獄といういい方をされますが、それは間違いで天獄なのです」 「天獄でも地獄でもいい、ここが神によって支配されているのでなければ、わたしは天国に行けるはずだ」 わたしはほっとすることでかえって不満がでた。おもわず声を荒げてしまった。 「わたしが人殺しでもしたというのか」 「そうなんですよね、そこが問題で審判が下せないんですよね」 バクーニン似の男は髭に手をやりながら困ったような顔を見せた。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.08.29 22:20:53
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