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2022.09.03
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カテゴリ:物語
8
「わたしがプロレタリア革命というものを指導して、その戦いの中で多くの若者が死んだから」
「そうではないのです。あなたの思想が独裁者をだし、かれらが多くの人民を殺し続けているからなのです」
「それはわたしの思想じゃない」
 わたしはまったく納得できなかった。
「そうです、あなたの思想は万国のプロレタリアの団結でしたね。しかしそうはならなかった。共産主義は国内の革命にとどまった。その革命の指導者たちはやすやすと独裁者になれた。まあ、それは資本主義国家の指導者がそうしむけたとも」
 男は皮肉な表情を作って言った。
「おまえはバクーニンなんだろ」
「あなたがそう思いたかったら、そうなんでしょ、クロポトキンかもしれませんよ」
 男は相変わらず薄ら笑いを浮かべていやがる。わたしはこのふざけた男の髭をひっぱり抜いて、正体を暴いてやりたいと思った。手を伸ばすと男はひらりと体をかわした。
「あなたは、まだあの世の熱量をそうとう保持しているようですな。熱は高い方から低い方にしか移動しないと言われているけど、ここにきて、まだそれだけの熱量があるとはたいしたものです。まあコーヒーでも飲んで落ち着いてください」
 まったく相手のペースにされてしまう。わたしはため息をついて、あたりをみまわしたメガネと長髪の姿はなかった。
「コーヒー、どうぞ」
 ゆがんだテーブルの上にコーヒーカップが置かれた。このカップもゆがんでいる。
「あなた、マルクスさん。ここにあるもんはなんでこんなにゆがんでるのかと思っているでしょ、自然にあるものはみんなゆがんでいるのです。まっすぐなもの、丸いものは人間が創りだした。ものとものの関係を解りやすくするためにです。人間のオリジナルな世界なんですよ」
「ここが自然というのか、ここはあの世だろ」
「ここは人間が創ったものでないというだけです」
「神が創ったとでもいうのか」
「それはさっき否定しました。ここは自然なんです」
 言葉が喉につかえた。
「まあそんなに熱くならないで、コーヒーでも飲んでください。毒など入っていませんよ、死んだ人間に毒など盛っても意味ないでしょ」
 わたしはコーヒーカップに手を掛けた。手は震えている。不安定な形のカップはカタカタと音を立てて皿から離れた。
「じゃ、なんで君たちはここで審査なんてやっているんだ」
「では審査に入りますか」
(つづく)





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最終更新日  2022.09.03 08:29:37
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