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2022.09.25
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カテゴリ:物語
14
 音の粒は波のようにしてこちらに届いているのがわかった。わたしは懐中時計のフタを外して、それを音のくる方向に向けて反射させることを試みた。
 そんなことに意味があるのかわからない。ここでは空間がなくて、時間がたっぷりあるのだから、そんなことをしているしかなかった。いつのころからかモーツアルトが送られてくる頻度が増えた。音も少し大きくなったような気がする。だれかひとがいるのだ。
 やがて音からモーツアルトが消えた。旋律が消え平坦な音になった。わたしはその音に耳を集中させた。それは一つのリズムを作っていた。わたしは、またそれを頭の中でころがし、口にしてみた。ツーテン、テン…・……・。口の中で何度も転がしているうちにに口から言葉がこぼれた「こんにちわ」。
 これはモールス信号だ。生前わたしもよく使った時期があった。
「こんにちわ」「こんにちわ」「こんにちわ」何回も何回も同じ信号が送られてきた。わたしは反射鏡(懐中時計のフタ)で、それを丁寧に返した。
 やがて音のリズムが変わった。わたしはまたそれを一生懸命読み解いた。「あなたはわたしの言葉を受け取る」だった。
 たしかにわたしは言葉を受け取っている。しかし、それをわたしの言葉で返せていない。それをわたしはもどかしく思っている。
 わたしはそのことを少し考えた。
 ふたで音を反射させているのだから、それを叩けば相手に伝わる音が出るのではないか。わたしは喜び勇んで、リズムをつけて叩き信号を作った。「この音があなたに届いてますか」音を拾ってくれるだろうか、期待と不安な気持ちで待った。
 何回か送ってみたが受け取ったという返事は来なかった。これでは会話ができても一方通行になってしまう。
 わたしは肩を落として小さなフタをじっと見た。わたしは癇癪を起した。それを投げつけようとして、寸前で思いとどまった。これを空間のないところになげればどうなるのだ。吸い込まれて消えてしまうのか、壁のようなものに跳ね返されるのか。どちらにしろこれは大事にしなくては、と思い直した。
 空間がない。前方を見るとあの玉たちがある。あそこには空間というものがあるのだ。ここにはわたしが在る。だからここにも空間がある。そうだとすると空間は実存の属性で実体がないものということになる。
(つづく)





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最終更新日  2022.09.25 16:10:12
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