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カテゴリ:物語
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音は途絶えてしまった。 なんともいえない淋しい気分である。あの通信先にいる男は、男とは限らないかもしれないが、誰なのかと考えようとしたが、分かるはずもなかった。今は自分のことを考えるしかない。わたしはなぜここにいるのか。この孤独の場所に。 わたしが天国に行けなかった理由、それは共産主義というものが貧富の差をなくして多くの人を幸せにするという理想からほど遠く、逆に多くの人を苦しめたり、死に至らしめる道具になっているということなんだとか。わたしが共産主義を発明したわけではないのだが。 社会の生産された富を平等に分ける。なぜそれができないのか、理由は簡単である。だれ一人平等になりたがっていないということである。人間は不平不満をエネルギーにして成長してきた動物である。だれしも他の人より少しでも多くの分配を欲するものなのだ。そんなことを考えてしまっていた。 資本家は資本を出して、その資本に基づいた剰余価値を得ようとするからまだましなのかもしれない。共産主義の指導者は資本を出していないから、剰余価値だけでなく労働価値そのものを自分の手に入れようとする。だからたちが悪い。資本家が悪で、プロレタリアートや指導者が正義という構図は成り立たないということか。搾取するのは資本家だけでなく、指導者も生産手段を持てば労働者を搾取する。そして政治権力を直接持っているから、より一層労働者を押さえ込むことになる。労働者の自由がなくなり労働価値がゼロということになるのだ。なんてことだ。これではバクーニンのいう無政府主義の方が正しかった。そんなバカな。 わたしは頭を抱え込んだ。それにしてもここには色どりというものがない。目にするのはあの毒々しい色の国家という玉だけだ。音だってない。鳥の鳴き声も犬の声も、せめてカラスが鳴いてくれれば、と思う。あの小さな音で耳にしたモーツアルトも、もう遠い日のできごとになってしまった。 わたしは何もすることがない。もちろん死んで、いる、のだから死ぬこともできない。退屈は地獄の母なのだ。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.09.29 23:14:45
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