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カテゴリ:物語
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「いま、ここではと言われたが、あなたも天獄にいるということですか」 わたしは見えない相手に言った。 「そうです。そちらと同じです。ここではあたしの方が先輩ですが、生きていた時の世界では、マルクスさんそちらの方が先輩なのです。だからあたしはそちらが書いた資本論を読んで知っているのです」 「それはどうも、で、わたしはあなたを知らないということになるのですか」 「そうですね、年齢的に行き違いになっていますよ」 男は少し考えてそう言った。 この男はわたしより若いから、わたしのことを知っている。わたしは後から生まれてきた彼を知らない。 「あなたは何を職業として、まさか革命家!」 「いえいえ、あたしは自然科学と物理の方です」 男は笑いながら言っているのが声の調子でわかった。 「その科学者がなぜここに」 男は少し沈黙した。やはりかんばしくない理由でここにいるのだろう。 「まあ端的に言えば、あたしの物理学の数式が爆弾をつくるのに利用されたということです」 「爆弾のね、それはあなたの意図することとは」 「もちろん、そんなことがあるはずがない」 彼は強い口調で否定した。 「そちらの共産主義というのも独裁政治に利用された。そちらの意図するとこではなかったということでしょ」 「それはそうですよ。世界の民衆の生活が少しでもよくなればとの願いからですよ」 こんどはこちらが強く否定する番であった。 「でもそうはならなかった」 わたしは唇をかんで黙るよりなかった。 わたしは話題を変えた。 「あなたもあの色のついた玉が見えてるのですか」 「ああ見えてますよ、国家という玉」 「あの玉は向こうの世界ということでしょうかね」 「こちらから見た向こうの世界、地球は国家でできているのです。あの玉からこぼれ落ちる粒がわかりますか」 わたしは目を凝らして一つの玉を見つめた。たしかに玉から落ちてくる粒がある。今まで気づかなかった。 「たしかにありますね、落ちてくるものが」 「あれが亡くなった人たちで、あの世、つまりこちら側に落ちてくるのです」 「なるほどそういうことですか」 「最近もペストのような病気が流行って、たくさんの人が落ちてきた。そうなるとここにいる受付が大変だ」 彼は、さも自分が大変なんだというように言った。 わたしは天国行きのバスを思い出した。天国にも行き先がたくさんあって、夫婦でもいっしょにいたくないものがいたら別々の天国にしなければならない。大量の死人が出れば、あのメガネや髭や、長髪は忙しくなるのだろう。その中でわたしのような行き先のわかりずらいものがいたらなおさらなのだろう。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.10.15 18:27:30
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