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カテゴリ:物語
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「しかし、今度戦争が起こればあの程度の死者ではすまないでしょう」 オールド・ニックと自ら名乗った男は沈んだ声でつぶやいた。表情は見えないが暗い顔をしているのだろう。まあ、こんなところで明るい顔なんてできるわけがない。 「戦争は兵士が死ぬもので、一般市民が死ぬペストとは違うのではないか」 「マルクスさん、そちらは二つの大きな戦争を経験していない。今の戦争は市民が大量に殺されるのです」 「大量にだって……」 「いや、いや」 彼が首を横に振るのが見えてきそうである。 「前の戦争のときに、その爆弾1個で10万以上のひとが亡くなった。その爆弾はさらに進化してその何十倍もの威力があると言われている。いまではいろんな国がそれを保持しているだろう」 「そんなものが本当に存在するのか」 「そう、存在する。とてつもない威力を持っているから、簡単に使うことはできないだろうとあたしは思っているのだが。しかし、サーカスの綱渡りを見たことがありますか、高いところに張られた綱を長いバーを持って渡るやつ、国家がそれをやっている。いつバランスを崩して落としてしまうかわからない。もしそんなことになったら、偶発的であったとしても国同士で報復合戦になってしまうだろう。そうなれば世界は未曽有の悲惨な状態になるのは間違いない」 「ちょっと待ってくれ、よく理解できないな、そんな恐ろしい爆弾をあなたが作ったのか」 「あたしは作らない……作るわけがない……あたしは宇宙の在りかたを数式であらわしただけだ」 「やっぱりよくわからない、なんで宇宙の数式でそんな爆弾が作れるのだ」 「宇宙はなにでできていると思いますか、マルクスさん」 彼は声のトーンを変えて聞いてきた。そんなことわたしにわかるわけがない。 「星でしょ、まあ銀河系とかアンドロメダとか」 わたしは適当に答えるしかなかった。 「まあ一般的にはそうかもしれません」 少しバカにされたようで、いい気分ではなかった。しかしここには二人しかいないのだ。彼の話を聞くしかない。 「宇宙はエネルギーでできているのです。あたしたち人間はこれを時間と空間に分解して把握したのです」 わたしは口をはさむことができなかった。男は一方的にしゃべりだした。 「だから時間と空間の組み合わせによって、とてつもないエネルギーが取り出せるのです。それを使われた。今ここには空間がないからエネルギーはほぼゼロです。だからお腹もすかないし、疲れもしない。おっと、おしゃべりをしすぎたので。わたしが作り出したエネルギーがなくなってしまった。もう音は通じない。ではサヨウナラ」 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.10.16 21:18:22
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