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2024.07.31
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カテゴリ:物語

(kamekou)
 あれ、どちらも眠ってる。おそろいで鼻提灯出して、いがみ合っていても似たもの同士だすな。
 この酒の実はうまいね。それにいい酔い方をする。気分がいいから誰も聞いていなくても自然に言葉が出てくるだす。

 島の中は上を下への大騒ぎ、飛べるものは上へ逃げていく、泳げるものは下へ行く。どちらでもないものはどうなる。出るも地獄残るも地獄、陸で生きるものたちはいかだを組んで見知らぬ土地に向かう。なんとかの箱舟みたいに選ばれしものではない。地獄だとしても新しいふるさととして生きていかねばならない。
 音姫様はどうしたか。父の長者に従うしかない。hitokata長者はどうなろうとこの竜宮島と運命を共にすると決めた。音姫様はそこで生きられるすべもあるだろう、しかし愛しい男にそれは無理。なくなく別れを決めたのです。

 いよいよ別れの日、最後の晩餐の後で涙ながらに別れの曲を吹きました。
「この笛はあなたが持っていてください。ときどき吹いてわたしを思い出してください。これは玉手箱です。わたしがお腹の子と一緒にあなたに会いに行ったとき、あなたとこれを開けるのです。それまで絶対に開けないでください。きっと約束ですよ」

 わしは男を背中に乗せて、荒海に出た。音姫様の大事な人、間違っても海の藻屑になんかしてはならない。わしは必死、無事男を故郷の浜に送り届けた。
 それでお役目ごめんというわけではなかったのだす。音姫様にわしは男が玉手箱を開けないか見張ってろと言われていたのだす。それでリクガメの甲羅に変えて、男の様子を見ることにしたのだす。

 男はhitokataの村に戻りました。もう戻ってくるまいと思っていた親兄弟、漁師仲間は大いに喜んだ。それは隠れて様子を窺っているわしにもよくわかったのだす。男は玉手箱と笛を浜の一本松の根元に隠し、多くは語りませんでした。また村のものたちも根堀り葉掘り聞くようなことはありませんでした。
 それでも男は夜遅くに浜辺に出て笛を吹くことがあったのです。笛を吹いた後じっと耳を澄まして海の向こうから笛の音が返って来るのを待つのです。しかし耳に届くのは寄せては返す波の音だけです。男はむなしく笛を松の根元に戻して、肩を落として家路につくのです。
 
 きょうもまた届かぬ笛を吹いているのです。音姫様には届かなくても届くものもいるのです。ひとりの少女が近づいてくるのに気が付かない。
 その笛どうしたの、風の音に混ざって悲しい響きね。男は不意に声をかけられてあわてるように振り向いた。おまえこんな時刻に……。にいさんがその笛であたいを呼んだのではないか。男は黙って手元を見つめる。その笛どうしたの、拾ったのもらったの。お前に関係ない。神隠しの神様からもらったの、この世のものとは思えない悲しい音色だもの。うるさいな、おまえはもうすぐ嫁ぐのだろ、こんな夜に何考えているんだ。
 少女はふふふと笑った。しゃがんで手のひらで砂を握る。それを男の目の前でさらさらとこぼす。砂は夜の光の中で白く輝いて落ちる。
 わしは男を見つめる少女の顔を見て、つまらぬことが頭をよぎった。hitokataとして音姫様とこの少女とどちらがきれいのだ。音姫様の白い顔、切れ長の青味おびた白目の中の黒い瞳、薄くて小さな口元。少女の小麦色した肌、太い眉毛の下の黒い大きな瞳、膨らしたほっぺ、遠慮のない唇。わしはくだらんと頭を振ってよぎったものを払いのけた。
 そんな笛捨ててしまいなよ、少女はぶっきらぼうに言い、笛を奪おうとした。男は体をよじてそれをかわし、ばかと言った。、あたいはもすぐこの村を出るのよ、あんたみたいに帰ってきたりしないのだから。少女はそう言い放って、砂に足を取られながら走り去った。男は手のひらの笛を見つめていた。わしはそんなやり取りを砂に映る影絵として見ていた。

 やがてふたりの影がなくなり、わしの影だけが残った。
 わしはあらためて夜空を見上げた。星の降るような夜。星は砂に語りかけ、砂は青白く輝いてそれにこたえる。
 こんな満点の星を見ると、おっかを思い出してしまうだす。わしらの母親はこんな夜に浜辺に上がって卵を産む、星の数だけの卵だす。それは大変な苦しみ、目には涙だす。生まれてくる卵ひとつひとつに星のひとつひとつを重ねて幸せを祈るのだす。そんな砂浜も海に沈んでなくなった。母親たちはどこで卵を産むのだろう。





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最終更新日  2024.07.31 22:52:18
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