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本厚木への出張が決まって、僕は電車の時間を
調べた。 京都から関東への出張だから、時間があれば 東京によろうかと思ったけど、びっくりした。 2時間弱はかかるではないか。 本厚木に住んでいる人にとって、東京は 休日には遊びにいけるかもしれない。 でも、立ち寄る感じではないだろう。 通勤するのもしんどいだろう。 もしかしたら、遊びに行くのも東京は少ないかも しれない。 本厚木は横浜のほうが、近いから。 **** 出張当日。 雨がぱらぱら降っていた。 小田原から本厚木の間には街がほとんどなかった。 緩やかな山の杉の緑と、稲の穂が揺れているのだけが 続いていた。 本厚木でやっと、街にきたなと思った。 僕は駅に降りて、昼食屋を探した。 駅前から5分も歩けば、牛丼やもあるし、 ファミレスもあるし、関西系の中華料理店、 …王将のことだけど…もあった。 京都は王将がいっぱいあるので、わざわざ、 そこには入らず、ファミレスに入った。 そこから見える駅前はコンパクトにまとまっていた。 駅に直結したショッピングモールがあった。 日用品と、ちょっとした洋服はそろうだろう。 通りの向こうには赤い看板のカラオケ屋があった。 これまた、ちょっとした遊びには不足しないだろう。 とびぬけた、贅沢はできない。 ただ、生活するには不足はない町だし、便利かもしれない。 ファミレスで食事を終え、僕は歩いた。 鉄塔沿に歩き、団地を通った。 通りに面して、ガラス張りのコンビニがあった。 昼休みで緑の作業着の人がコンビニでコーヒーを 買っていた。 お客さんは、小さな工場地帯の真ん中にあった。 建物の合間から、高架になっている高速道路が見えた。 建物は工場だけではなかった。 工場地帯と、高速道路のインターチェンジの 間にはラブホテルがあった。 彼氏と過ごしたり、遊んだりするのにも不足はないの かもしれない。 ふと、僕は思った。 「この街の路上で『いきものがかり』は歌っていたのか」と。 *** いきものがかりは、J-POP界で着実な地位を築きつつある グループだ。 メンバーは三人。 水野良樹さんと山下穂尊さん、そして、吉岡聖恵さん。 なにより、このバンドの魅力はボーカルの吉岡聖恵さんの 声だろう。 あなたが、もし、彼女の中音域で震える声をじっくりと聞くのだとしたら 泣きそうになるあなた自身に気がつくだろう。 だから、「泣き笑いせつなポップ3人組」というキャッチフレーズは ぴったりとはまるのだ。 さて。 僕がいきものがかりにはまったのは、去年の紅白歌合戦だった。 吉岡さんと、平原綾香さん、青山テルマさんの三人で歌った 「天空の城 ラピュタ」の主題歌、「君を乗せて」が綺麗だったからだ。 みんな歌がうまいのに、互いを殺さずに、綺麗で、夢を乗っけているような 声だった。 リードボーカルだった平原さんが綺麗な声をしているのは知っていたけど、 吉岡さんの歌の上手さと、声の震え方にすげえと思った。 その紅白でいきものがかりは「SAKURA」を歌った。 2009年になり、僕の一番初めに買い物は、「SAKURA」が 収録されている「桜咲く街物語」だった。 *** 本厚木の路上、おそらく駅前で「いきものがかり」は 歌っていたのだろう。 東京と意外に距離のある、この本厚木で。 「SAKURA」とか、「ふたり」」では 若い恋人の別れや、そこからの再出発が歌われている。 でも、その別れっていうのは、永遠に別れるという感じでもない。 例えば、東北から東京に出てくるように、会いに行きにくい距離に 離れるというイメージではない。 歌謡曲やPOPにありがちな距離が二人を引き離した、 というのではない。 彼は東京に行く。 彼女は会いにいけない距離ではない。 でも、実際には彼は遠くいってしまったように思う。 だから、小田急線の桜の咲く様が哀しいし、東京の 風がわたしに無力感をもたらすのだろう。 多分それは、東京に住む彼の生活が変わってしまったこと なのだろう。 新しい住まい、新しい仕事とか、大学…。 距離が近かったとしても、彼は別の生活になったのだ。 東京に遊びに行くことと、東京に住むことは違うのだ。 いきものがかりの曲には、距離は近いからこそ、 生活と、やがては心が離れていくことが切なくて、 怖い、そんな雰囲気が感じ取れる。 多分、宇都宮とか、柏とかも東京に行くことは できても、生活するとなると別の街になるのだろう。 いや、関東の町だけではない。 交通の発達した日本では、心の遠さを距離の遠さに 責任転嫁できないのだ。 だから、心が離れたことを直視しなければならない。 やがて、あなたは別の場所に進んでいく必要があると、 吉岡さんの歌は大きな声で、しかしやさしく歌い上げている。 きっと。 いきものがかりは気がついていないかもしれない。 彼女たちは、今の時代に生きる僕らの心情をしっかりと、 背負ってくれている。 ※もっと、「なんだかなー」なら『目次・◎ものがたり』まで お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年06月21日 12時09分32秒
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