【医療技術は進歩したが医者は進歩せず】僕が医者として出来ること
僕が医者として出来ること「病院で死ぬということ」の続編である。著者の山崎医師は、最近、射水市民病院で患者7人が延命措置の中止で死亡した問題に絡んでテレビのニュース番組に少しだけ登場したのを目にした。痛みは薬などでコントロールできるのだから、最期まで医療を放棄してはならない、というのが著者の持論だ。だが、「存在する意味を見失ったときに感じる心の痛み」(226ページ)は医療ではどうにもならないという。この痛みを少しでも和らげ、患者に安らかさを取り戻させるのを助けるのがホスピスであり、その主役は家族であるという。著者は、「現在行われている医療の進歩とはあくまでも技術の進歩であって、医者自身の進歩ではない」(129ページ)と鋭く指摘する。これは、われわれ技術分野にも言えることだ。この半世紀、コンピュータ技術は飛躍的な進歩を遂げた。しかし、それを使う人間のモラルはどうだろうか。ITを悪用した事件が後を絶たない今、われわれは何をすべきだろうか。