| スティーブン・ホーキング「宇宙検閲官仮説の最強の根拠は、それが間違っていることを証明しようとするペンローズの試みがすべて失敗していることだ」(186ページ) |
著者・編者 | 真貝寿明=著 |
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出版情報 | 講談社 |
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出版年月 | 2023年2月発行 |
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一般相対性理論が予言したブラックホールの内部では重力が無限大となり、一般相対性理論が通用しないという矛盾が起きる。これを「特異点」と呼ぶ。宇宙空間に自然に出現する特異点を、とくに裸の特異点と呼ぶが、ここではあらゆる物理法則が破綻する。そこで、2020年にノーベル物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズは、宇宙検閲官が特異点が存在しないように取り締まっているという仮説を提唱した。
宇宙検閲官といっても、アニメ『トップをねらえ2!』の最終話に登場するような部屋があるわけではなく、そのような仕組みが宇宙に組み込まれているというものだ。
ここまでは知識として知っていたが、本書が宇宙検閲官仮説をめぐる最新の研究を紹介していると知り、早速読んでみた。著者は、一般相対性理論、重力理論が専門の真貝寿明さん。宇宙重力波望遠鏡(DECIGO)プロジェクトワーキンググループメンバーでもある。
第1章では、ケプラーの法則から一般相対性理論に至るまでの物理法則を振り返る。つづく第2章では、複雑な非線形微分方程式であるアインシュタイン方程式の代表的な厳密解を紹介する。
第3章では、いよいよ特異点について説明する。
一般相対性理論では、光は常に最短時間で到達する経路を描き、これを測地線と呼ぶが、この測地線が途中で途切れてしまう時空を特異点と定義する。つまり、そこで物理法則も途切れてしまう。
また、外向きに放たれた光が無限遠方まで届かない時空の領域の最も外側のを事象の地平面と呼び、この事象の地平面の内側がブラックホールになる(121ページ)。
1965年にペンローズは、強い重力崩壊をする星が特異点を生じるという特異点定理を発表する。
1970年に、ペンローズはスティーブン・ホーキングと共同で、次の3つの条件が同時に成立している時空ならば、特異となる測地線が少なくとも1つ存在するという特異点定理を発表する。
+強いエネルギー条件が成立している
+因果律が時空全体で成立している(クロノロジー条件)
+宇宙が過去向きに収縮している(未来に向かって膨張している)
つまり、ブラックホールだけでなく、宇宙が誕生したビッグバンにも特異点が存在することを示している。
ただし、この特異点定理は重力崩壊で自然に発生することを述べており、ブラックホールが形成されることを証明したものではない。特異点の存在とブラックホール形成がリンクするのかどうかは、未解決問題だ(151ページ)。
第4章では宇宙検閲官仮説について説明する。
特異点の存在は、宇宙のどこにあっても物理法則が通用するという宇宙原理が崩れてしまう。そこでペンローズは、宇宙には裸の特異点を隠す弱い宇宙検閲官仮説か、裸の特異点そのものが存在しない強い宇宙検閲官仮説が働いているだろうと考えた。ホーキングは、「宇宙検閲官仮説の最強の根拠は、それが間違っていることを証明しようとするペンローズの試みがすべて失敗していることだ」とも冗談めかして語ったという(186ページ)。
これまでの研究から、特異点は生じるのか、という問いかけに対して、どうやら一般相対性理論では議論ができないことがわかってきた(186ページ)。議論するためには、量子論と一般相対性理論がともに含まれた量子重力理論の登場を待たなくてはならないかもしれない。
宇宙検閲官仮説をめぐり、さまざまな副産物を得られたことを第5章で紹介する。
1971年にホーキングは、「ブラックホールは発生できるが、消滅できない」「ブラックホールは合体できるが、分裂できない」というブラックホールの表面積定理を発表する(196ページ)。1972年には、ブラックホール地平面の「表面積」を「エントロピー」に置き換え、地平面の「重力加速度」を「温度」に置き換えることで、熱力学の法則がブラックホールの法則に対応することを確認した(215ページ)。さらに、1974年にブラックホールが蒸発することを発表するが、これは表面積定理と矛盾しないという。ブラックホールは不思議でいっぱい。
では、ブラックホールに飲み込まれた「情報」はどうなるのだろう。ワームホール(アインシュタイン・ローゼン橋)を通ってホワイトホールから出てくるのかもしれない。
兎にも角にも、特異点に対する研究者の共通認識は、一般相対性理論を超える理論が欲しいということに尽きるとのこと(237ページ)。
冒頭に紹介したアニメ『トップをねらえ2!』の最終話では、ブラックをホールを割ることで裸の特異点が現れ、場面が「時空検閲官の部屋」に切り替わる。これが宇宙検閲官であることは自明だが、だとすると、タイムトラベルでも検閲官がいるのではないか――タイムパトロールは、漫画『パーマン』をはじめとするタイムトラベルSFの定番だ。さらに、アイザック・アシモフのSF『永遠の終り』では、タイムパトロールである〈永遠〉ですら近寄れない特異点のようなものを描いている。
こうしたSF作品では、人類の限界として特異点の存在を認めているように感じる。
一方の物理学は、宇宙原理という神にも等しい原理がゆえに、特異点を認めない。これは、ある種の傲慢ではなかろうか。じつは、宇宙のあちらこちらで断絶が起きており、その先では我々の物理法則が通用しないのではないだろうか。ベビーユニバースや膜宇宙(ブレーンワールド)といった仮説がそれである。
さて、私が生きているうちに量子重力理論は明らかになるだろうか‥‥。