| 時計遺伝子による生体リズムの特徴の一つに、「光によってリセットされる」というものがあります。この光こそ、眼から入ってきて視交叉上核に送られる信号です。(115ページ) |
著者・編者 | 岡村均=著 |
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出版情報 | 講談社 |
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出版年月 | 2022年9月発行 |
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著者は、医師で、哺乳類における生体リズムの分子機構の解明に取り組んでいる岡村均さん。本書は、岡村さんの講演スライドをもとに書きおろしたもので、実験科学者であり、医学に携わっている経験から、「時計遺伝子」の機能を解明していく流れが分かりやすい。
2017年のノーベル生理学・医学賞は、時計遺伝子を初めて発見したジェフリー・ホール博士、マイケル・ロスバッシュ博士、マイケル・ヤング博士の3氏に授与された。最初に時計遺伝子が発見されたのはショウジョウバエのperiod(ピリオド)遺伝子だが、その後、様々な生物で時計遺伝子の存在が確認された。さらに、光合成を行う原核藻類シアノバクテリアにも24時間リズム(生体リズム)がある。24時間周期のリズムは、真正細菌を除く、地球のほぼ全生物がもっている普遍的な性質だといっていい(22ページ)。
生体リズムを刻む振動体のことを体内時計(サーカディアンクロック、概日時計)とよぶ。
時計遺伝子から時計タンパク質が作られ、時計タンパク質が増えるとブレーキがかかり、時計タンパク質の量が減る。このループがちょうど24時間で1周となるように起きている(31ページ)。
実験から、哺乳類では脳の中の視交叉上核こそが体内時計であることが明らかになった(39ページ)。
+眼に入ってきた光の信号を脳内の視交叉上核で受け取る。
+視交叉上核では、生体リズムの時計中枢となるリズムを作る。
+交感神経系を介して副腎に伝わり、副腎皮質から糖質コルチコイドが分泌される。
+全身の細胞にある糖質コルチコイドの受容体が糖質コルチコイドを認識し、細胞が一日の始まりを認識する。(83ページ)
細胞分裂も24時間リズムで起きる。生体リズムとがんにも関係があるかもしれないという。
メラノプシンは青色光に反応し、視交叉上核などへ光情報を送る。夜にコンビニに行ったり、寝る直前までスマートフォンやテレビを見ていたりすると、その青色光によってPerl遺伝子が活性化し、活動的になる。
岡村さんは、時差ぼけにバソプレッシンというホルモンが関与していることを明らかにしたが、このバソプレッシンも視交叉上核に多く存在する(155ページ)。時差をつくると、視交叉上核の時計遺伝子のリズムの振動がなくなり、正常に戻るのには1週間以上かかることもわかった(161ページ)。
睡眠リズムにも時計遺伝子が関係しているようだ。
これまで漠然とした知識としてあった概日リズムの基準が時計遺伝子にあることがよく分かった。一方で、天文学的な見地から、地球の自転は月の潮汐作用によって徐々に遅くなっており、いまから14億年前には18時間だったという。この変動に、時計遺伝子はどうやって同期してきたのだろう。あらたな疑問がわく。
本書の最後で岡村さんは「実験医学の研究は、個人でするものではありません。チームでするものです」(235ページ)と記しているが、これが本書をわかりやすく興味深いものにしている理由だろう。岡本さんと、そのチームの研究は時代に受け継がれ、きっと天文学的な疑問を解消する時計遺伝子の進化を解き明かしてくれることだろう。