| 天久鷹央「お前たちみたいに、安全圏から『おもちゃ』を爆発させて悦に入っているような、卑怯者と一緒にするな。こっちは患者を救うためなら、命を捨てる覚悟があるんだよ! 自分の身を挺し、ありとあらゆる手段を使ってトロッコを脱線させる。それが私の『トロッコ問題』の選択だ!」 |
著者・編者 | 知念実希人=著 |
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出版情報 | 実業之日本社 |
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出版年月 | 2024年4月発行 |
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9月中旬の熱帯夜、統括診断部の小鳥遊優と研修医の鴻ノ池舞が当直を務める天医会総合病院の救急外来に搬送されてきた身元不明の男性の死因は「凍死」だった。摩訶不思議な事案であったが、松本刑事は事件性がないと断言する。舞は「あなたたちよりずっと遺体を見て、人の死に立ち会ってきている私たち医師が『普通じゃない』と判断しているんですよ。その見解を無視して、『犯罪性がない』なんて決めつけていいんですか?」と反論するが、結局、司法解剖は行われず、あとで優は悔いることになる。
翌朝、統括診断部長の天久鷹央が「昨夜はあんなに暑かったのに凍死するなんて普通じゃない。解剖して何があったのかちゃんと調べるべきだ」と優を責める。そして、遺族から許可を取って行政解剖すると言い出す。遺体の外見などから天医会総合病院の受診歴があるにちがいないと、鷹央は電子カルテを検索し、彼が天王寺龍牙であることが判明した。さっそく父親の正一を呼び出し、解剖して原因解明することをすすめるが、彼は「なにが起きたかが分かったところで、なにも意味がない」と弱々しくかぶりを振った。「犯人を罰したら、息子が生き返るんですか?」という正一の言葉に、鷹央は二の句を継ぐことができなかった。
鷹央たちは天王寺龍牙の住居を突き止めるが、すでに便利屋が遺品を片付け清掃しているところだった。遺体は荼毘に付され、物証は全て失われた。
鷹央は事件未解決のストレスで不機嫌だったが、そこに第二の凍死事件をもって桜井刑事が訪れる。第二の凍死体からは、大量の睡眠薬とアルコールが検出されたという。そして、天王寺龍牙の血縁者は父親の正一だけで、部屋の整理を指示していない。
鷹央らは桜井刑事の先導で、死体が発見された久留米池公園に出向く。現場にはホームレスが住み着いており、怪物の咆哮のような低く呻る音が聞こえたという。去年のカッパ事件もあったことから、鷹央は「全ての不可能を消去して、最後に残ったものが、いかに奇妙なことであってもそれが真実となる」とシャーロック・ホームズの台詞を引用し、雪女犯人説を唱え始める。
すると、低く呻る音が聞こえはじめ、鷹央はフラフラと歩き始め‥‥凍死の現場とその意外な殺害方法をが明らかになった。だが、犯人は、なぜこんな手間のかかる殺害方法を選んだのだろうか。
舞がストーキングされている感じていたのは、警視庁公安部公安総務課の服部のせいだった。服部もまた、鷹央の助けを借りようとしていた。服部が追っている事件と天王寺龍牙の関係は‥‥一連の事件の関係が明らかになったとき、天医会総合病院で破滅のカウントダウンが始まる。
鷹央先生の「筋トレしすぎて脳の筋肉にまで乳酸溜たまっているんじゃないか?」という発言に思わず笑ってしまった。
一方で、天王寺正一が息子の死体の行政解剖を断るシーンは人情ドラマにありがちなのだが、これが終盤の重要な伏線になっている。主人公の目に映る状況が二転三転するのは、ミステリー小説の王道である。
2つの遺体をめぐって警察の捜査線上の浮かび上がる組織は、現実にありそうであり、SNSで若いメンバーを集めているというのも、いかにも、である。SNSで活躍しておられる知念さんならではの設定だ。
『天久鷹央の推理カルテ』テレビアニメ化が決まったとのこと。放映が楽しみだ。
さて、本書のエピローグまで読んだ方は、ロバート・A・ハインラインの短編SF『輪廻の蛇』をどうぞ。2014年にSF映画『プリデスティネーション』(主演=イーサン・ホーク)になったが、こちらも面白い。
また、鷹央先生の「医者を舐めるなよ」が印象に残った方は、西垣通・河島茂生=共著『AI倫理』をどうぞ。本書の後半に登場するキーワードに絡めて、AIに舐められない仕事をしたいものである?