若い頃は神様のみ心を求めたが、老年になると自分の思いが先になる。違うかも知れないと、思いがよぎっても、気づかない振りをしたりする。
老いとは傲慢なものだと思う。
もし、若き日のように遠慮なく、暴走や間違いを指摘してくれる妻を持っていたとしたら、それは宝以上のたまものだ。
妻に限らず、痛いことをきちんと言ってくれる友、先輩また後輩を持つなら、特別な恵みが与えられているのだ。
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Last updated
2020年01月17日 20時06分04秒
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