カテゴリ:人と生活
日曜日の午後、老人施設へ訪問に行った。
伝道師を誘った。 炎天下、最寄り駅まで歩く。 ボクは日傘を差すが、彼は帽子もかぶらない。 若いって、こういうこと! 歩く足も速いこと。 スタスタ先へ行き、気がつくと立ち止まって待っている。 電車を乗り換え、バスに乗り、降りてまた歩く。 施設に到着すると、彼はさっと受付へ行って訪問を伝える。 予約時間より早めに着いてよかった。 体温測定、住所氏名、訪問目的を記す。 手洗いを言われる。 時間になり、談話室で待つ。 なつかしい人が車椅子で来られる。 お話は、堰を切ったように止めどなく、15分の制限時間が来る。 話を遮り、聖書を開いてお祈り。 もっとゆっくり話したいと不満を漏らす。 施設の職員が側に立っている。 コロナ禍が続いているから制限があると、説明。 この施設はキリスト教をうたっているが、 その雰囲気は、少なくてもこの場所では感じられなかった。 もっともっとキリスト教的な雰囲気があればいい。 賛美にあふれ、天国の望みに輝く老人施設を望むのは 無理なのか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023年07月31日 09時34分22秒
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