2015文楽夏休み公演 元祖すれ違いドラマその5 名乗り合えない不幸
(上村松園さんが描いた深雪)宿屋の段駒沢は一人で部屋にいるうち、部屋の屏風に「朝顔の歌」をかいた色紙が貼り付けられているのを発見する。これは自分が深雪に書いてやった歌だが、なぜこの場所にこの歌があるのだろうと疑問に思う。宿の主人徳右衛門を呼び出した。 徳右衛門は「さる立派な家の娘であった人が、尋ねる人があるとかで家を飛び出し人を探して諸国をめぐり歩くうち、艱難辛苦の末に視力を失いこの歌を歌って門付けするまでに落ちぶれてしまいました。この宿の心あるものたちは娘を憐れんで、この宿に引き留め、座敷がかかればその芸をしてなんとか生活できるように取り計らってやっています。」話を聞いた駒沢は、それはもしや深雪のことではなかろうかと気になり、「それでは一度その女の芸を見てみたいので呼んではくれまいか。」と頼む。そこへ風呂からあがってきた岩代が登場する。女中が「朝顔さんが参られました。」岩代「なんだ?その朝顔というのは」駒沢「道中の徒然に琴など聞いてみようと思い呼び出した女芸人です。」岩代「女芸人などこの座敷へ呼ぶとはもってのほか、さっさと帰らせろ。何か怪しいことでもあったら大変だ」駒沢「たかが盲目の女芸人、まさか怪しい茶箱などもって参りますまい。」とさっきの出来事をびっしっと嫌味で返す。岩代「・・・ では庭先で芸をさせてとっとと帰ってもらうがよかろう。」ここで、朝顔登場。駒沢は一目見て深雪とわかり動揺するが、岩代の手前もありぐっとこらえる。朝顔はここで琴を弾いて朝顔の歌を歌う。(三味線のほかにここで琴も持ち出され実際の演奏もされる。人形もほぼ実際の琴の演奏に合わせた手振りで琴を弾く所作をする )顔の汗を拭くふりをして涙をぬぐう駒沢。実際みれば良い女で声も良いので先ほどの態度とは違い岩代は、座敷に上がってこいと鼻の下をのばした様子。駒沢は、もう遅いし疲れたから、今日はこの辺でやめようと言う。岩代「芸人を呼べときつい執心のそなたであるのに、わしが引き留めたらもう帰れとは、ほんにお前は意地のわるいやつだな。」それを無視して駒沢「そなたは根っからの門付けではあるまい、何か事情があるのか。」と深雪に問う。朝顔「よう聞いて下さった。私は京の宇治川でめぐりあいし人と惹かれあうも、その後合う事かなわず。国へ帰るとて明石の浦で風待ちしている時再びその人とめぐりあいましたが、風に裂かれて再びばらばらになりました。国に帰ると縁談があり、私は心に決めた人に操を立てるつもりで、家を出、風のうわさを頼りに街道をめぐりあるくも合われず、ついには目も見えずなってその人が私に書きつけてくれた、朝顔の歌を歌いながら糊口をしのいでおります。ひと時もその人のことは忘れたことはありません。」敵の前で動揺をこらえながら、しかし感無量というところもみせないといけない駒沢の演技は難しいと思う。駒沢「それはなるほど、哀れな話じゃしかし、その方の夫になる人が聞けば満足に思うであろう。それではもう帰るが良い。」と深雪を帰らせる。深雪の方もこの声はと引っかかるものがある。 岩代は明日は早いのでもう寝るわと部屋に帰っていく。一人になった駒沢は徳右衛門を呼び出し、至急朝顔をもう一度呼び出せないかと頼むが、朝顔は他の座敷に出ているので明日早くなら呼べると思うとの返事。駒沢は金子と目薬、深雪から受け取った扇子を徳右衛門に渡し、もし私が出立していたらこれを朝顔に渡してやってほしい。この眼薬は甲子の年生まれの男の血液とともにのみ下せばどんな眼病でもなおるという秘薬であると告げる。駒沢たちは出立の時刻が来たので去っていく。そこへ深雪が戎屋を訪ねてくる徳右衛門「駒沢というお侍があなたのことを非常に気にしておられ、会いたがっていたのだが、刻限がきて出立されました。そして昨日の御礼にとたくさんなくだされものをしましたよ。」深雪「それはありがたいことです。私も気になることがありもう一度お会いしたいと思っていたのですが、入れ違いになってしまったのですね。」そこで二人は駒沢が渡した品の確認をする。扇子について、何か書いてありますかと徳右衛門に聞く深雪「朝顔の絵が一輪と朝顔の歌が書いてあって、駒沢次郎右衛門こと宮城阿曽次郎と書いてありますよ。」ここで深雪はびっくり、私は今の行列に追い付かなくてはと走りかける。それを引き留める徳右衛門「いったいなにをあわてているのです。」「駒沢様こそ私が長年探し求めた夫でございます。ここであわなければ一生会う事はできません。いかせてください。」雨が降ってあぶないからと止める徳右衛門を振り払い、杖を頼りにかけだす深雪だった