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カテゴリ:日々のできごと、思うこと
有給をつかって、寝まくりの一日。
夜、「地球を救うお金の使い方」をみた。 お金での寄付には躊躇のあった私だけど、 マザーハウスに行った時、あふれる子供服におどろいた。 去年、衣料寄付の受付団体を調べたとき なかなか「モノ」として集めているところはなくて、 中には「ただ今受け付けストップ中です」というところもあって、 受け付けていても、送料代を要求する。=気軽にやりにくい 「なぜ?」って思ったけれど、 マザーハウスで、棚にあふれかえる服、 屋上で風にゆれる服(カラフルですごくきれい!)を見た時、 「あ、こういう現実なんだ」って思った。 ないところにはない。 でも、寄付の受け付けをするようなところには 余っているという現実。 「モノ」じゃなくて「お金」、 それは、どんなものにも姿を変えてくれるからなんだ。 お金ってほんとうにすごい、って、 お金の持つ可能性をあのとき感じた。 お金のすごさと同時に 番組から伝わったのは「希望」の持つちから。 希望が、あれほど人の顔を輝かせるなんて! ビッグイシューもときどき買うけれど、 あれを売ってるおじさんは、やっぱり違うんだよね。 あふれてるものが。 「お金は投票するようなもの」 ただあげておしまい、ではなくて 続いていくものとしてのお金。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
September 4, 2007 08:20:50 AM
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