郭炳憲氏のCARPリーダーとしての大会勝利は自慢話? 落伍話?
『「独生女理論」など存在しない!!―― 郭炳憲氏の嫉妬心? 』から彼の説教からは、CARP時代にある大学の責任者としてお母様の講演会を大勝利に導いたリーダーの一人であるとの自慢話も一度や二度ではなかった。CARPメンバー(アベル)と左派学生(カイン)を一つに集めてお母様の講演会を大講堂でしなさい、というのがお父様からの指示であった。しかも、左派学生主催で、ということだった。この三つが指示事項としてお父様から出されていた。常識的に考えては到底困難なことだったが、その三つをクリヤーした大学が3校あった。鮮文大は勝利して当然のことだったが、残りのその一つの大学のリーダーを務めていたということだ。世界的に著名なVIPを大学に招いて講演会をしたい、と左派学生の代表に申し入れをしたという。ここで「文鮮明総裁」の名を出していたならばその場で決別していたであろうが、「韓鶴子総裁」名でことを進めていった。お互いに誓約書を書き準備を進行、左派学生がその方が誰なのかに気づいたのはそのあとのことで時すでに遅し、ということだった。ヤコブがエサウをだまして長子権復帰をしたようなものだ。そもそも、アベル・カインを大講堂に集めてお母様を中心としての講演会の内的に意図するところは何であったか。大講堂はまさにお母様の子宮、そして、お母様を通して語られるお父様のみ言(種)をもってしての「重生式」がそれではなかったかと思う。イエス様がニコデモに語られたという「人は誰でも生まれ変わらなければならない。」、のそれだ。彼は外的な勝利者として称賛されたことは言うまでもない。ところが、内的にはそのお母様やお父様(真の父母様)と一つになることが出来なかったことが今日の結果を招いていると、私自身それを聞くたびに思っていた。また、『「バカか?!」というには失礼に当たる方ーー能登家庭教会 郭 炳憲教会長へ』からはところで、郭教会長の大学でのお母様をお迎えしての大会、(外的)勝利の自慢話を何度か礼拝で聞きましたが、今となってはその時に個人的(内的)にはお母様と一体となることが出来なかった落伍(落語)話でしかなくなりました。お母様の胎を中心としてアベル・カインが一つとなり、お父様の種(み言)を受けて重生していく大会ではなかったでしょうか? お母様を(無原罪の)娘の立場から夫婦、父母、そして、国家的「母」の立場から世界的「母」へ成長させる責任を負ってこられた真のお父様の摂理的背景があったと思います。そして、女性連合時代の到来でした。このように、郭炳憲氏のCARPでのリーダー時代のお母様の大会勝利の自慢話が果たしてどうであったのか? 結果として落伍(落語)話に終わってはいなかっただろうか。以下は『真の父母経』、今朝の訓読からである。時の摂理がこのようになっていた。郭炳憲氏はそのお母様をどのように見つめていたのか。当時は、現在も彼の眼中には何も映っていないであろう。霊的な目で見つめなければ!!世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓