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テーマ:政治について(20092)
昔から失言メーカーの麻生外相が、またまた問題発言。
周囲は火消しに躍起となっています。 それにしても、今回の麻生発言、とにかく論旨がまったくわかりません。 新聞の要旨を転載すると・・・ 「私自身があそこで一番問題だと思うのは、祭られている英霊の方からすると天皇陛下のために万歳といったのであって、総理大臣万歳といった人はゼロですよ。 ぼくはそう思うね。 だったら天皇陛下の参拝なんだと思うね、それが一番。 なんでできなくなったのかと言えば、公人、私人の、あの話からだから。 それをどうすれば解決するか、答えはいくつか出てくるんですよ。 ぼくはそういった形にすべきだと思っているんで、答えがいくつかないわけではありませんが、そういう問題にしてやっていかないと。」 「そういった形」とか「そういう問題」とか、いったい何が言いたかったのか、本当に意味不明です・・・。 (かつて国語の添削をしていた身からみると、内容以前に文法的に減点だらけの文章です。) 「総理大臣万歳といった人はゼロですよ」 そりゃそうでしょう。天皇陛下のために戦え、といわれていたのだから。 昭和天皇の戦争責任の追及なのかと思ってしまいましたよ。ホントに。 それとも「小泉首相が参拝するのは無意味だ」とでも言いたかったのでしょうかね(笑) これに関しては、冷静かつ的確に指摘した日記がありましたので、ご紹介しておきます。 還暦雲巣管理人独言(還暦を過ぎたウエブマスターの独り言) http://plaza.rakuten.co.jp/higenoreon/diary/200601310000/ 私の過去の麻生さん関連の日記 ■新外相・麻生太郎=レプカ(未来少年コナン) http://plaza.rakuten.co.jp/peace4earth/diary/200511010002/ 小泉さんの総理就任以来、多くの議論を呼んでいる靖国問題。 個人的には、参拝の是非とか、外国からいわれてどうこうする問題ではない、などの話以前に、靖国神社の存在(というかありかた)そのものが矛盾であると思っています。 もともと、戊辰戦争の官軍側の戦死者を祭るためにつくられた東京招魂社を前進とし、太平洋戦争中は国家神道の要として、陸海軍省に管理された、れっきとした公的機関でした。 戦後の政教分離に伴い、一宗教法人となったにも関わらず、戦没者の慰霊施設としての性質を保ち続けたことに、今日の混乱の全ての原因があると思います。 靖国神社の解体についてはGHQ内でも、ずいぶん検討されたようです。 解体すべきであった、とはいいませんが、靖国神社に代わる公的な慰霊施設はつくるべきだったでしょう。 靖国神社に祭って欲しいと遺族が願う場合、靖国神社に祭ることにまったく異論はありません。 しかしながら、それはあくまでも『ただの神社』であり、国として公的に慰霊するのは無宗教の公的機関であるべきだと思います。 靖国神社は、すでに合祀されている御霊について、遺族による合祀の取り下げ要求をかたくなに拒否しています。 祭って欲しくない、といっているのに、聞き届けられないとは、なんともおかしな話です。 どうして一宗教法人にそんな権利があるのでしょうか? 一度祭った御霊は神となり、合祀を取り下げることはできない、また分祀をしても靖国神社からいなくなる訳ではないというのが靖国神社側の主張です。 靖国神社がこの主張を変えることがない限り、一部にあるA級戦犯の分祀、または合祀取り下げ論は全く意味のないものになります。 公的な慰霊施設をつくる、という案は今のところ進捗する気配がありません。 正直にいって、戦後60年以上の『靖国神社=戦没者慰霊』という既成事実がある限り、今から公的施設をつくっても、もはや手遅れなのでは・・・との思いはぬぐえません。 公的施設ができたところで、首相(または天皇)の靖国参拝を主張する人達は、その主張を変えないのではないでしょうか。 中には「『靖国で会おう』と誓った戦没者の霊を無宗教施設へ送りこむ日本人の堕落」なんていうアホらしい意見もあります。 「靖国で会おう」といったのは、多くの戦没者にとって、そう言うしか選択肢がなかったからに他なりません。 もし心の底からそう思っていたとするなら、軍国主義教育の洗脳の賜物でしょう。 こちらのサイトに心をうつ文章があったので、お借りしました。 もの作りのサイト http://www2.kct.ne.jp/~monohito/yasukunijinjyasanpai.html 「その中でも特異だったのは麻生総務大臣の発言だった。戦地で亡くなった人は『みんな靖国で会おうと言って死んでいった』というのだ。 戦争にも行っていない人が何故こんな事が言えるのだろうか。 後方からの支援もなく飢えと闘いながらマラリヤ等で苦しみながら死んでいった人達がそんな事を考えただろうか。 一歩譲って、予科練の若者達が我と我が身を奮い立たせるために靖国で会おうと言って機上の人になったかも知れないが、心の中では死にたくない、生きて帰りたい、古里の父や母に会いたい、古里の山や川や海を見てみたいと思っていたに違いない。 それよりも靖国神社がどんなところかも知らない若者が多かったはずである。 そんな若者達が「靖国で会おう」などと言うはずがないのである。 いい加減な事は言わないで欲しい。 戦地でむなしく亡くなっていった人達に対し大変失礼だと思うのである。」 ■関連日記 靖国神社で花見・・・ http://plaza.rakuten.co.jp/peace4earth/diary/200704070000/ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
April 7, 2007 11:29:12 AM
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