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ファピーの風の花

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2006.12.17
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10月のヒーローズのライトヘビー級のトーナメントで優勝し,年末にTV放映


『ウィキペディア(Wikipedia)』にはこう出ている。

《秋山 成勲(あきやま よしひろ、秋成勲、チュ・ソンフン、1975年7月29日 - )は元柔道家の韓国系日本人総合格闘家。》

年末の大晦日、プライドの”男祭り”に出る秋山 成勲、セコンドにはオリックスの清原が付く。
TV朝ズマの、みのもんたが大のファンでも有名である。

大阪生まれの大阪育ち。高校も大学も大阪。彼は「在日韓国人」だった。
彼は、「在日」と言う言葉で想像されるようないわゆる「差別」とは無縁だった。彼が育った生野はもともと在日の人がコミュニティーを作ってすんでおり、そういう国籍の違いなど、あまりどうでもいい土地柄だった。彼自身もそれほど民族と言うものに強いこだわりをもっているわけではない。
秋山 成勲秋山 成勲と清原

  私は、秋山の母親と親しい。K-POPも一緒に歌うし、時には、セコンドにたった清原の話も聞く。最近は有名人になり、なかなか会えないが、秋山はそんな母親やいい仲間たちに恵まれ、明るいキャラクターが売りでもある。帰化というのはとかく白い目で見られがちである。所詮自分の世界で勝てなかったから他の世界に流れて行っただろうと。自分の住む社会で認められず、本流に乗れなかったというのは在日から日本へ、柔道から格闘技に越境した事も、彼にすれば、結局は同じ事ことかもしれない。しかし、秋山という存在は、もともと国籍にも柔道にも縛られるほど小さくなかったのだと思いたい。彼が自分で最も輝けると思い、選択した道を、誰も否定できない。服を着替えるぐらいの感覚で国籍を変えた男である。柔道界を飛び出すのも、靴を履き替えるくらいにしか思ってないのではないか。


大阪生まれの大阪育ち。高校も大学も大阪。彼は「在日韓国人」だった。
彼は、「在日」と言う言葉で想像されるようないわゆる「差別」とは無縁だった。彼が育った生野はもともと在日の人がコミュニティーを作ってすんでおり、そういう国籍の違いなど、あまりどうでもいい土地柄だった。彼自身もそれほど民族と言うものに強いこだわりをもっているわけではない。

柔道がうまくても国際大会に出れない。そんな在日として生まれた父が実力で韓国の代表選手になり、韓国内の試合に参加した。そこで出会った女性と結婚し、生まれたのが秋山 成勲だ。彼は幼いころから父の影響で柔道に親しみ、頭角を現していった。しかし、高校ではi国籍上の問題で、日本の大会に出るには何かと制約があった。代わりに韓国代表に選ばれ、韓国国際で優勝している。大学卒業後は韓国にわたり、3年間釜山市役所で活躍した。しかし、韓国の講道館と言われる龍山大学出の審判員、偏った判定、在日という偏見で幾度と無く、勝ち試合が”負け”試合と判定され、自己葛藤と祖国に対する不信感は限界にきていた。しかし、モンゴルで開かれた国際大会で全て”一本勝ち”と言う偉業で個人優勝した彼は、韓国国内で不動の地位を獲得するようになった。そして挑んだ国内大会で、誰の目にも明らかな勝ち試合で又もや”敗者”となったのを機に、その大会の敗者インタビューで「こんな国はもう嫌いだ、私は日本代表になる」と爆弾宣言をする。その後、日本に帰化し、それまで国籍の壁で大会を制限されていた鬱憤を晴らすかのように連戦連勝し、ついにアジア大会81キロ級日本代表に選ばれた。


秋山が帰化後、初めて日の丸を胸につけて戦い、優勝したのは2002年の日本国際だった。

優勝直後のインタビューでは、ひたすら謙虚だった。あくまで私の推測だが、これまで韓国籍だった人間がいきなり日本国籍になり、日の丸を背負って戦う事に、色々雑音も入ったのではないだろうか。とにかく日本柔道界、および他の日本人選手にかなり気を使っているなという印象だった。
彼にとって国籍はあまり関係なかった。帰化についても「服を着替えるようなもの」とそっけない。彼にとって重要だったのは、「韓国人」ではなく、「柔道家」としての自分のアイデンティティーだった。柔道選手として自分がもっと輝くには、韓国代表より日本代表を目指したほうがいいと判断したのである。
2002年アジア大会の開催地は釜山。彼にとって因縁の地である。会場の体育館は釜山市役所時代の合宿所の真向かい。かつての本拠地で彼は見事に優勝を飾った。彼の髪の毛は金色に染められており、無国籍性にいっそう拍車がかかっていた。彼は日本の秋山?在日のヒーロー?彼はアジアチャンピオンの秋山成勲、それ以外の何者でもなかった。彼に国籍は関係なかった。
しかし力だけで背負えるほど日の丸は軽くなかった。彼には組み手のうまさと絶妙だった一発の技の切れにはかけたが、絶えず有利な組み手で相手を追い込み、試合をコントロールするうまさがあった。アジアを制した秋山が次に狙ったのは当然、世界である。アジア大会が因縁の地、釜山であったとすれば、翌年の世界選手権開催地は秋山の血と骨をはぐくんだ血縁の地、大阪である。

その大会でまさかの敗退、そして秋山は、総合格闘技の世界に身を投じた。K‐1へ。


秋山とHERO'Sスーパーバイザーである前田日明は共通点が多い。二人とも在日コリアンとして大阪に生まれた。
どちらかというと差別とは無縁な暮らしを送り、日本にも愛着を持っていた。そして自分の夢を実現する手段として、日本に帰化した。自らの所属する世界では「異端児」と言われ、いろいろな雑音を実力でねじ伏せてきた。そして自分の輝ける場所を求め、秋山は柔道界を、前田は新日本プロレスを飛び出し、新しい世界へと身を投じた。彼らにはそれぞれ二度の「越境」歴がある。



            《年末が近づいたんので、8月の記事を再度,編集し、アップします。》
 
                                                                                                                           









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Last updated  2006.12.18 19:05:45
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