立ち話。
9月の終わりごろ両親を連れて、ペンシルバニア州近辺に遊びに行った。「このあたりには、製薬会社や化学関係の会社が 結構たくさんあるのよ。」なんて一般的な地域産業の話をしながらとある美術館の中を歩いていた時のことである。織物が展示されている部屋に入った時にたぶん80歳前後の母親らしき女性とたぶんその娘さんが腕を組んで歩いているのを見かけた。彼女達が、ちらちらと私達のほうを見ているのは気づいたけれど織物のほうが面白かったので私は大して気にもとめなかった。その展示室に入ってから5分くらいたったころだろうか突然、母親らしき女性が私のほうへまっすぐ歩いてきて話しかけてきた。「ねぇ。日本の人でしょう。日本から来たのでしょう? あそこの奥に、日本の刺繍の展示があるの 日本の絹のことについて書いてあるし とってもいいことが書いてあるから、 ご両親と一緒に忘れずに見てね。」私がありがとうと言うと彼女は、急に私の母の手を両手でぎゅっとにぎりしめて私に向かって話し続けた。「私、日本がとっても好きなのよ。 私達、みんな日本が大好きだわ。 津波の時には、胸が張り裂けそうになったわ。 あなた方のご親戚やお友達は大丈夫? 私達がみんな応援していることを 日本に帰ったら、伝えてね。」私達が、お礼を言うと、彼女は何度も「We love Japan, remember, we love Japan.」と、私の母に向かってゆっくりと繰り返した。彼女の娘さんらしい女性は始終、殆ど何も言わずに、立ってにこにこしていたのだけれどふと、私のネックレスに目を留めて言った。「ねぇ、それベンゼン環よね… それは、もしかして…」「そう、ドーパミンよ。」と、私が答えると彼女は「やっぱり。」と、ニコニコした。「私、○○製薬に勤めているの。 今の会社の前には、○○の化学会社にいたわ。 ねぇ、そのネックレスどこで買ったの?」私は、自分がネックレスを買ったインターネットのサイトを教えてエンドルフィンの配列のネックレスがとってもかわいいことや他の化学物質も、頼めば作ってくれることを話して横に突っ立っているかわいそうな親たちそっちのけで、勝手に「どの化学構造がかわいいか。」という奇妙な話でもりあがった。彼女達にさよならを言った後両親は、「立ち話でベンゼン環の話が出てくるなんて 本当に、化学や製薬会社が多いのね。」と、勝手に納得していた。