キース・ジャレット--透明感と変幻自在と/4月9日(土)
キース・ジャレットのピアノについて、どうこう言う資格は、僕にはない。でも、「素人ピアノ弾き」からみても、キースのピアノ奏法は面白くて、とても教えられるところが多い。 もともとクラシック・ピアノの教育をしっかり受けてきたキースは、もちろん指は早く動く。でも、ある種のジャズ・ピアニストに見られるような、早弾きをひけらかすような弾き方は、決してしない。キースの特徴はまず、リズムやメロディーを大切にするところ。とくにスタンダードは、原曲のメロディーラインの美しさをとても大切にする。 ただ、原曲を大切にするかと言って、キースは決してピーターソンやエディ・ヒギンズのようには弾かない。原曲をバラバラにし、キース流解釈をして、また織り上げる。結果として、元の曲を超える、キースのオリジナルなスタンダードにしてしまう。他のプロには、とても真似できないような…(写真左=今なお「進化」し続けるキース (c)universal music kk )。 メロディーラインを大切にするから、右手で単音でメロディーを弾くときは、ピアニッシモでも、とても一音、一音をいとおしむように、大切に、丁寧に弾く。だから、コンサートでもその単音の透明感が際立ち、ホールの奥までくっきりと聞こえる。しかもその単音は、決して点、点、点で切れるのではなく、しっかりと線になって連関している。 アルバム「TOKYO‘96」(写真右)に収録の「My Funny Valentine」や、DVD「Standards2」(写真左下)に収録の「Geogia On My Mind」を、機会があれば聴いてほしい。その単音(メロディーライン)の美しさに、僕は心がとろけそうになる。 昔、僕に1日だけの特別レッスンをしてくれたあるジャズ・ピアニストの方がこう言った。「**さん、1小節すべてをオタマジャクシ(16分音符)で埋めなくていいよ。いかに省略するかも大事なんですよ。むしろ一音、一音の単音を大切に、クリアに弾きましょう」と。キースを聴いていると、その教えの意味がよくわかってくる。 オリジナル曲でも、メロディーラインの美しさは際立つ。初期の名アルバム「Life Between The Exit Signs」(1967=写真右下)には、「Margot」というアップテンポのオリジナル曲が入っているが、これがまたとても美しい。後期だと、アルバム「Standards2」(83年)には、「So Tender」というオリジナルが1曲入っているが、これも惚れ惚れするくらい綺麗なメロディー。そんな美の探求は即興演奏でも同じ。きっと指が自然と「美しさ」を追い求めるのだろう。 キースのもう一つの素晴らしさは、いろんなジャンルの音楽のいいところを、自分の曲にどん欲かつ巧みに取り込んでしまうこと。「Standards1」の中の「God Bless The Child」なんて、原曲のメロディーは残しているが、雰囲気はまるでROCKだ。 1998年のソロ・ピアノのアルバム「Melody At Night, With You」には、クラシックやゴスペル、トラディショナル・フォークなどいろんな音楽の要素が詰まっていて、とても面白い。発売直後、あるクラシックのピアノの先生にCDをプレゼントしたら、聴いて凄く感激していたのを今も思い出す。 キース・ファンには有名なことだが、キースはモーツアルトやバッハが好きで、協奏曲のアルバムも出している。なかでも、チック・コリアと共演した2台のピアノのための協奏曲は、最高のモーツアルトだった(僕はNHKテレビでのステージを観て、とても感激した)。このテレビ番組で、「なぜ、モーツアルトか?」と尋ねられたキースの答えが面白かった。 キース曰く、「今では古典音楽だとか言うけれど、モーツアルトの生きていた時代には、それは現代音楽だったんだ。それにまともな楽譜なんてなかったし、モーツアルト自身、同じ曲でも演奏するたび少しずつ違ったりした。即興演奏(インプロヴァイゼーション)に近く、それはジャズのアドリブにも通じるものなんだ」。普段、寡黙なキースが珍しく熱く語った。 キースのジャズを「現代音楽のようで、難解だ」という人がいる。確かに、難解な曲もある。でも、僕は思う。20~21世紀にキースがやっている音楽と、18世紀にモーツアルトが試みた音楽にどれだけ違いがあるというのか。モーツアルトがやっていたことは、ひょっとして18世紀のジャズだったのかもしれない。 僕はモーツアルトも大好きで、協奏曲やピアノ・ソナタをよく聴く。キース・ジャレットとモーツアルト。2人ともに惹かれる理由が、昔は自分でもよく分からなかったが、今ではそれがなんとなく分かるような気がする。 エバンスのコピーは何とかできても、キースのコピーは僕には至難の業。でもキースが好きだから、僕でも弾けそうな曲に挑んでいる。今、練習中なのはいずれも「Standards2」に入っている「In Love In Vain」と「So Tender」。キースのように弾くのはもちろん無理だが、キースをそっくり真似ても面白くない。最近は、僕流にアレンジを変えてやるのも、いいかなと思っている。