私的BAR入門講座(11):バーテンダーとどう接するか/1月30日(金)
その11:バーテンダーとどう接するか ◆言葉づかいは丁寧に、見下した物言いは論外 BARのマスターやバーテンダーの年齢は千差万別だ。老舗BARなら人生の先輩でもある、60代、70代でも現役という方ものも珍しくない(現役最高は88歳だ!)。比較的新しい店ならそれに合わせて、マスターも25歳~30歳くらいと、貴方より若いこともある。さらに、マスターが貴方より年上だったとしても、そのBARで働くバーテンダーさんたちは、貴方よりは年下ということもある。 しかし相手の年齢がいくつであれ、そのマスターやバーテンダーがプロであることには変わりはない。彼らは日々誇りを持って仕事に打ち込んでいる。貴方は1人の人間として、言葉を交わす際は、その道のプロには敬意を忘れてはいけない。 たとえ、貴方がどんなに社会的なステイタスが高くとも、どんなに収入を得ていようとも、当然のことだが、職業には貴賤はない。たとえお店の方が明らかに年下であったとしても、目上の人と話すような丁寧な言葉遣いを心がけたい。ことさら敬語を使う必要はまったくないが、決して見下したようなものの言い方はしてはならない。 もっとも、これはどんな職業の方と接する時にも言えることだ。要は、良識ある普通の社会人としての振るまい、言葉遣いをすればいいのである。繰り返し言うが、BARは紳士・淑女の社交場である。丁寧なしゃべり方を聞いて不快感を持つ人などいない。貴方は「マナーのいい素敵な紳士」と店側の記憶に長く残るに違いない。 ◆「Bartender」という言葉 ところで、僕たちが何気なく使っている「Bartender(バーテンダー)」という呼び方は、どういう意味で、いつ頃生まれた言葉なのか。「Bartender」は見ての通り、「Bar(横木)」と「Tender(見張り人、世話人、相談役)」を組み合わせて生まれた言葉である。1930年代の米国内で定着した言葉だが、その起源はそれ以前の「西部開拓時代(1860~1890年)」の宿場にさかのぼると言われる。 「Bar(横木)」とは、西部開拓時代に各地にあった「道の駅(宿場)」の酒場で、酒樽と客を仕切った「横木」のこと(「道の駅」で馬をつないだ「横木」のことという説も)である。「横木」は、マナーの悪い客が酒樽から勝手についで盗み飲みをするのを防ぐ意味合いもあった。そしていつしか、宿場で休息し、酒を飲むことを「Barで飲む」、その後、酒場そのものを「Bar」と言うようになったという。 「Tender」はそのBarの見張り人、すなわちカウンターのなかで客の世話をする店主や従業員のことだった(米国とは少し違うBAR文化を持つヨーロッパでは、「Bartender」という言い方もするが、「Barman」「Barkeeper」などと言うことが多い)。 ◆家族以上の頼れる存在 しかし、「Tenderが持つもう一つの意味「相談役」こそが、うらんかんろは現代におけるBartenderの存在の大切さを象徴していると思う。米国のあるBARでの話だ。ある晩、男が独りでやって来た。彼は仕事で大失敗し、会社も解雇され、愛する人にも捨てられた。 そして、Bartenderにいろいろと悩みを打ち明けた。Bartenderは彼の話し相手となり、その話(悩み)をじっくりと聞いてやった。そして励ました。「たとえ破産しても、生きている限り人生はやり直せる。恋愛なんて、生きてる限りこれからいくらでもできるじゃないか」と。 その10数年後、立ち直って仕事にも成功した彼が、再びそのBARにやって来た。そして、かつて悩みを真剣に聞いてくれたBartenderに対して、「実は10数年前のあの夜、貴方に話を聞いてもらうまでは、私は自殺するつもりでいた。最期の1杯を飲むつもりで来ていた。でもあの時、貴方にいろいろ話を聞いてもらい、励ましてもらったおかげで(自殺を)思いとどまることができた」と涙ながらに話したという。Bartenderとは、ある意味、家族以上に素晴らしい、頼れる存在なのである。 ◆BARには「バーテン」はいない バーテンダーのことを「バーテン」と呼ぶ人が、時々いる。「いる」と書いたが、日本では昔はそう呼ぶ人の方が多かった。かつてオーセンティックBARなど日本国内にほとんどなかった時代、バーテンダーはいわゆる「水商売」に生きる一員として見下され、「バーテン」と呼ばれた。その言い方には、「水商売」全体を見下すニュアンスがにじんでいた。 現代では、客においしい「酒」をつくり、「ホスピタリティ」を与える職業として、バーテンダーは皆、自分の仕事に強い誇りを持っている。Barのマスターやバーテンダーの一部には「いやぁ、バーテンでもいいですよ」と言う人もいるが、「バーテン」は蔑称と受け取るバーテンダーも多い。 貴方はゆめゆめ「バーテンダー」を「バーテン」と呼ばないでほしい。敬意を込めて「バーテンダー」と呼んであげてほしい。そして、友人や同僚などが「バーテン」と言ったら、「その言い方は間違いだ」とそっと教えてあげてほしい(ちなみに女性バーテンダーのことは男性と区別して、最近は「バーテンドレス」と呼ぶこともあるが、まだあまり一般的ではない)。 ◆バーテンダーと馴れ馴れしくしてはいけない バーテンダーと仲良くなるのは楽しい。仲良くなれば、接客も違ってくる。時には美味しいお酒の「おこぼれ」にご相伴(しょうばん)できることもある。しかし店の営業時間内は、バーテンダーはすべての客と平等に接しなければならない。貴方といくら仲が良くても、貴方がどんなに金払いのいい上客でも、カウンターに並んだ客は、社長もヒラも皆平等だ。常連客だからと言って特別扱いはできない。 だから、忙しい時間帯はもちろんだが、たとえ余裕のある時間帯であっても、営業時間中である限り、マスターやバーテンダーとあまり馴れ馴れしくするのはやめたい。友達のような口をきいたりするのも避けたい。そんな行為をすれば、かえって迷惑になる。 貴方がどんなにマスターやバーテンダーと仲良くなっても、店の中ではあくまで「1人の客と店側の人間」という立場を守りたい。店と客は、どんなに常連であっても「一線」を守る方が良い関係が長続きすると僕は信じている。 ◆お店の方に「1杯どうぞ」はいいか BARでは時々、常連客がマスターにビールなどのお酒を勧めている光景を目にする。オーセンティックBARでは、マスターやバーテンダーは酒を勧められても、断ることが多い。客の前で飲むのを美しい所作ではないと考えるバーテンダーもいる一方で、普段からよく客と一緒に飲んでいるマスター(独りでお店を営んでいる人が多い)もいる。 常連客が、素直な感謝の気持ちを込めて、「1杯どうぞ」と勧めたい気持ちも僕は分かる。結論としては、この問いかけに対しては、いいとも悪いとも言えない。その店のマスターの考え方一つだ。「断らない方なら勧めても構わない」としか言えない。 ただし、絶対に「1杯どうぞ」と勧めていけない場合もある。そのマスターがマイカーで通勤していることを貴方が知っている場合は、厳禁だ(帰途にタクシーを使う場合は別だが)。夜に飲めば、どんなに酒に強いマスターでも、朝まで血中アルコールは残る。飲酒運転は犯罪だ。万一、マスターが帰りに検問にかかったり、事故を起こしたら、知っていて勧めた貴方も罪に問われる。店との良好な関係もそこで終わりになる。そういう悲劇だけは絶対に避けたい。【その12へ続く】【おことわり】写真は本文内容とは直接関係ありません。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】