「カクテル(混合酒調合法)」秋山徳蔵著: (30)<完> 附緑/2月4日(金)
附録 この混成酒の調合法は、外國から伝来したものであるところから、その用いられる酒類も舶来のものに限られる傾きがありますが、ここに國産葡萄酒のあることを見逃すことはできません。 次に、國産葡萄酒中の「ビィー」コーザン・ワイン(蜂印香竄葡萄酒)【注1】をもって試みた。存外に優秀な風味と気分を求め得た七種の混成酒調合法を附記して、國産奨励の一端とします。 コーザン・コッブラー(Kozan Cobbler) まず、ごく細かに砕いた氷を、普通の水呑の中に入れておき、別に小さい調合器の中へ別の砕き氷を三分の一位まで入れて、砂糖小匙で一杯と「ビィー」コーザン・ワイン一ジガーを加え、キョラサオ二三滴をたらします。充分に振蕩して前に用意しておいた水呑の中へ漉してうつし、水か或いはソーダ水を九分目までつぎ入れ、レモンかオレンジの輪切一片を浮かすか、又は季節の果実を浮かし、麦稈をさしてすすめます。 コーザン・カクテル(Kozan Cocktail) 調合器に砕き氷を入れ、「ビィー」コーザン・ワイン二分の一ジガーと、オールド・トム・ジン二分の一ジガーを入れ、アンゴスチュラ・ビター二滴と、キュラサオ(白色の分)二三適とを加え、充分に振蕩してカクテル・グラスに漉してうつし、レモンの皮一そぎを押しつまみ、浮かしてすすめます。 コーザン・フリップ(Kozan Flip) 小さい調合器に砕き氷を入れ、砂糖小匙で一杯と鶏卵の黄身だけ一個分を加え、一寸(ちょっと)かき混ぜ合わせてから「ビィー」コーザン・ワイン一ジガーを入れ、充分に振蕩してフリップ・グラスに漉してうつし、ナツメグほんの少しをおろしかけてすすめます。 コーザン・フロート(Kozan Float) ソーダ水呑に氷の塊一個を入れ、壜(びん)詰のレモネードをつぎ入れるか、又はソーダ水呑に砂糖大匙で一杯を入れ、水二匙を加えて溶かし、レモン一個の露を搾りこみ、一度かき混ぜ合わせてから水かソーダ水を七分目までつぎ入れ、更によくかき混ぜ合わせて「ビィー」コーザン・ワイン一ジガーを浮かし、麦稈をさしてすすめます。 コーザン(ホット)(Kozan, Hot) 水呑に砂糖小匙で一杯を入れ、「ビィー」コーザン・ワイン一ジガーを加え、熱湯を八分目までつぎ入れ、丁香【注2】一芽と、レモンかオレンジの輪切一片(きれ)を浮かしてすすめます。 コーザン・ピック・ミー・アップ(Kozan Pick Me Up) シェリー・グラスに「ビィー」コーザン・ワイン三分の一ジガー、フレンチ・ヴェルモット三分の一ジガー、およびチェリー・ブランデー三分の一ジガーを、右の順序で順々につぎ入れてすすめます。 〈注意〉これは、自然に交じり合うところに妙味があるので、わざわざ混ぜ合わせてはなりません。 コーザン・パンチ(Kozan Punch) 水呑に氷の塊一個を入れ、砂糖小匙で一杯半を加え、レモン半個分の露を搾りこみ、「ビィー」コーザン・ワイン一ジガーを加え、ソーダ水を九分目までつぎ入れ、よくかき混ぜ合わせ、レモンかオレンジの輪切一片を浮かし、麦稈をさしてすすめます。【注1】「コーザン・ワイン」とは、「電氣ブラン」で知られる浅草の老舗「神谷バー」の創業者・神谷伝兵衛(1856~1922)が、1885年(明治18年)、輸入ワインを原料とし、日本人の好みに合わせて蜂蜜を加えて調製し、「蜂印葡萄酒」(翌年、「蜂印香竄葡萄酒」と改名)の名で売り出した甘口ワイン。海外でも高い評価を受けたという。「香竄」(こうざん)の名は多芸多趣味に身をやつしていた神谷の父の雅号に由来し、豊かな芳しい香りが隠れ忍んでいるという意味も込めたという。 神谷はその後、1898年(同31年)に茨城県牛久市にワイン醸造所「シャトー・カミヤ」を開設した。「蜂印香竄葡萄酒」は現在でも、神谷バーにおいて「ハチブドー酒」の名で、通常のワイン(カミヤワイン)とともに販売されている(出典:Wikipedia)。【注2】「丁香(ちょうこう)」とはクローブ(Clove)のこと。クローブはフトモモ科の植物で、その花蕾を乾燥させた香辛料。日本には6世紀にすでに輸入されていたといい、正倉院の宝物にも残されている。現代では「丁字(ちょうじ)」または「丁子」という表記が一般的。 完 ※長らく連載してまいりました「秋山徳蔵著:カクテル(混成酒調合法)復刻版」は、今回をもって終わります。あらためて、80年以上も前に、日本においてカクテル発展の礎を築いた秋山氏の多大なる貢献に対して、心から敬意を表したいと思います。 この連載が、こうした先人たちの努力に光を当てる機会となり、その貴重な研究成果が現代のバーテンダーの心に刻まれ、次世代へ継承されていくならば、復刻版監修者としてこれに勝る幸せはありません。本連載が日本のバー業界の発展につながることを心から願ってやみません。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】