Harry's ABC Of Mixing Cocktails:世界初の体系的カクテルブックの中身とは(17)Mint Julep/7月25日(土)
◆「Harry's ABC Of Mixing Cocktails」にみるクラシック・カクテル 14.ミント・ジュレップ(Mint Julep) ミント・ジュレップは、現代のBarでよく飲まれる人気カクテルのなかでも、最も初期に誕生したことが確実な、古典的カクテルの一つです。現代の標準的なレシピは、「バーボン・ウイスキー(45~60ml)、ミントの葉(適量)、シュガー・シロップ2tsp、ソーダ(適量)、クラッシュド・アイス(つくり方はビルドで、金属製のマグか、コブレットで提供)」というところでしょうか。 1800年頃には、米国内、とくにヴァージニア州北部のプランテーションでは、ミント・ジュレップが飲まれていて(出典:PBOのHP)、1815年、英国海軍の艦長だったフレデリック・マリアット(Frederic Marryat)が残した記録にも、「米南部の農園ではマデラワイン・ベースのミントの葉入りのドリンクが飲まれている」という記述が見られるとのことです(出典:欧米の複数のWeb専門サイト)。 「ジュレップ」は元々、古代ペルシャの「Gulab(グルアーブ)」(「バラの水」の意味)というドリンクにルーツを持ち、ペルシャからフランスへ伝わり、さらに米南部へ移民したフランス人たちによって持ち込まれ、改良されていったと伝えられています(出典:Web上の複数の専門サイト)。「ジュレップ」とはアラビア語源の言葉で、「薬を飲みやすくするための甘い飲み物」のことですが、おそらくはフランス人たちが自分たちが発音しやすい言葉として選び、定着させたのではないかと説が一般的です。 ミント・ジュレップは世界初のカクテルブックとも言われるジェリー・トーマス(Jerry Thomas)の「How To Mix Drinks」=1862年刊=にも登場していることからしても、少なくとも19世紀前半には、米国内ではバーや社交クラブ、または家庭で一般的なドリンクとして普及していたものと思われます。 現代のバー業界で意外と知られていないことですが、19世紀~20世紀初頭までは、ミント・ジュレップと言えば、ブランデー(コニャック)・ベースが一般的でした。ウイスキー・ベースのミント・ジュレップがお目見えするようになるのは、20世紀に入ってからです(写真=Mint Julep@Bar Savoy Hommage, Kobe)。 さて、ハリー・マッケルホーンの「Harry's ABC of Mixing Cocktails」(1919年刊)は、ミント・ジュレップをどう取り扱ったでしょうか。20世紀初頭には、ミント・ジュレップは欧米では知名度もある、一般的なカクテルになっていました。マッケルホーン自身ももちろん、Harry's New York Barをパリに開く(1923年開業)以前のロンドンのThe Ciro's Clubでもつくっていたことでしょう。しかし、「Harry's ABC…」ではそれまでのカクテルブックとは違い、バーボン・ベースのミント・ジュレップだけを紹介しています。 レシピはどうだったか原著の通り記せば、「シュガー2tsp、ミネラル・ウォーターまたはソーダ2分の1Wineglass、生ミントの小枝3~4本を(タンブラーの底で)香りが十分出るまでつぶし、ミントは取り出す。次にバーボン・ウイスキーGlass2杯分を加える(※Glassのサイズについての言及はなし)。そこに、細かく削った氷(原文では「fine shaved ice」)をタンブラーいっぱいに入れて、グラスに霜が付くまでよくステアする。最後にミントの小枝を刺し、オレンジやレモン、パイナップルのスライスとチェリーをトップに飾る」とあります。マッケルホーンの基本的なつくり方や材料は現代とそう大きく違いませんが、飾りのフルーツはやや過剰です(現代では生ミントを飾るくらいです)。 ご参考までに、現在も市販されている「Harry's ABC of Mixing Cocktails」の復刻改訂版(1986年刊)では、どう変化しているかと言えば、「タンブラーの底にミントの葉8~10枚、スプーン1杯分のシュガー、ミネラルウォーター少々を入れてミントの香りが出るまでつぶす。タンブラー半分まで削った氷(shaved ice)を詰め、バーボン・ウイスキー30mlを加える。ステアした後、削った氷をタンブラーのトップまで入れる。バーボンをさらに30ml加えてステア。最後に101プルーフ(50.5度)のバーボンを少しフロートさせる。砂糖でコーティングしたミントの葉を飾って、サーブする」です。初版とそう大きな違いはありませんが、飾りはさすがにミントだけです。 なお、ミント・ジュレップは1875年に始まったケンタッキー・ダービーでは、公式ドリンクとなっていて、今日でも、会場であるチャーチルダウンズ競馬場や前夜祭では、このカクテルがこぞって飲まれています。なお、公式ドリンクのバーボンには「アーリー・タイムズ」が使用されている(出典:Suntory社HP)とのことです。 では、1860~1940年代の主なカクテルブック(「Harry's ABC Of …」以外)は「ミント・ジュレップ」をどう取り扱っていたのか、どういうレシピだったのか、ひと通りみておきましょう。・「How To Mix Drinks」(ジェリー・トーマス著、1862年刊)米 ブランデー1.5Wineglass、ミントの枝3~4本、シュガー(分量の言及なし)ミネラルウォーター(同)、クラッシュド・アイス、ジャマイカ・ラム1dash(最後に振る)、パウダー・シュガー(同)、飾り=ベリー類、オレンジ・スライス、生ミントの葉 (※同書では、ほかにもジン・ジュレップ、ウイスキー・ジュレップ、パイナップル・ジュレップの名のカクテルが収録されている)・「Bartender’s Manual」(ハリー・ジョンソン著、1882年刊)米 コニャック2分の1Wineglass、ミントの枝3~4本、水またはソーダ2分の1Wineglass、シュガー1tsp クラッシュド・アイス (※「このドリンクは米国以外の地域でも知られている」との記述あり)・「American Bartender」(ウィリアム・T・ブースビー著、1891年刊)米 コニャック1jigger(45ml)、ミント(分量の言及なし)、シュガー(同)、ミネラルウォーター(同)、クラッシュド・アイス、ジャマイカ・ラム1dash(最後に振る)、シュガーにディップしたミントを飾る。(※「Brandy Julep」の名で登場。「Mint Julep」については「Brandy Julepと同じもの」と紹介)・「Modern American Drinks」(ジョージ・J ・カペラー著、1895年刊)米 ブランデー2分の1jigger、ラム2分の1jigger、シュガー1.5tsp、ミントの枝数本、ミネラルウォーター少々、クラッシュド・アイス、フルーツやミントを飾る。(「Mint Julep Southern Style」との名で収録)。・「Dary's Bartenders' Encyclopedia」(ティム・ダリー著、1903年刊)米 ブランデー1.5Glass、シュガー1tsp、ソーダ2分の1Wineglass、ミントの枝4~5本、クラッシュド・アイス、ジャマイカ・ラム1dash(最後に振る)、パウダー・シュガー(同)・「Bartenders Guide: How To Mix Drinks」(ウェーマン・ブラザース編、1912年刊)米 ブランデー1.5Glass、パウダー・シュガー3tsp、ミネラルウォーター1.5tsp、ミントの枝3~4本、クラッシュド・アイス、ジャマイカ・ラム1dash(最後に振る)、飾り=ベリー類、オレンジ・スライス、生ミントの葉・「173 Pre-Prohibition Cocktails)」 & 「The Ideal Bartender」(トム・ブロック著、1917年刊、2001年&2006年再刊)米 ブランデー1jigger、シュガー1tsp、ミネラルウォーター4分の3Wineglass、生ミントの枝3~4本、クラッシュド・アイス、飾り=フルーツ、ミントの枝 (※「Brandy Julep」の名で収録。「Mint Julep Kentucky Style」という名のカクテルも収録しているが、バーボン・ウイスキー2jigger、角砂糖1個、ミネラルウォーター15ml、クラッシュド・アイス、生ミントというレシピ。ミントは潰さないと言及している)。・「The Savoy Cocktail Book」(ハリー・クラドック著、1930年刊)英 ブランデー2分の1、ピーチ・ブランデー2分の1、シュガー1tsp、ミントの葉約10枚、クラッシュド・アイス (※バーボンまたはライ、カナディアン・ウイスキー・ベースのミント・ジュレップも収録されているが、名前は「Southern Mint Julep」)・「Cocktails by “Jimmy” late of Ciro's」(1930年刊)米 収録なし・「The Artistry Of Mixing Drinks」(フランク・マイアー著 1934年刊)仏 バーボン・ウイスキー1Glass、シュガー1tsp、ミントの枝5~6本、クラッシュド・アイス、飾り=スライス・レモン、生ミント・「The Artistry Of Mixing Drinks」(フランク・マイアー著 1934年刊)仏 バーボン・ウイスキー1Glass、シュガー1tsp、ミントの枝5~6本、クラッシュド・アイス、飾り=スライス・レモン、生ミント・「The Official Mixer's Manual」(パトリック・ギャヴィン・ダフィー著、1934年刊行)米 バーボン2igger、パウダー・シュガー1tsp、生ミント、ソーダ、クラッシュド・アイス・「The Old Waldorf-Astoria Bar Book」(A.S.クロケット著 1935年刊)米 ウイスキー(バーボンかどうかの言及なし)1jigger、シュガー0.5tsp、ミネラルウォーター1pony(30ml)、ミントの枝3本、クラッシュド・アイス、飾り=生ミント・「Mr Boston Bartender’s Guide」(1935年初版刊)米 バーボン・ウイスキー2.5onz(75ml)、パウダー・シュガー1tsp、ミントの枝4本、ミネラルウォーター2tsp、クラッシュド・アイス、飾り=オレンジ・スライス、レモン・スライス、パイナップル・スライス、チェリー、生ミント・「Café Royal Cocktail Book」(W.J.ターリング著 1937年刊)英 バーボン・ウイスキー1Glass、パウダー・シュガー1.5tsp、ミントの枝4本、クラッシュド・アイス、飾り=生ミント・「Trader Vic’s Book of Food and Drink」(ビクター・バージェロン著 1946年刊)米 バーボン・ウイスキー(分量の言及なし)、パウダー・シュガー1.5tsp、ミントの枝6~7本、クラッシュド・アイス、飾り=シュガー・コーティングした生ミント さて、日本でのミント・ジュレップですが、戦前はほとんど普及しなかったようです。氷が貴重なのに加えて、生ミントも手に入りにくかったことが背景にありました。日本のカクテルブックで初めてミント・ジュレップが登場したのは、1954年刊の「世界コクテール飲物辞典」(佐藤紅霞著)で、欧米に遅れること100年以上です。 日本国内のバーで認知されるようになったのも戦後の1950年代以降です。ただし生ミントが稀少で高価だったためか、当初はミント・リキュールで代用することが多かったようです。昨今のように、生ミントを使ったミント・ジュレップがバーで普通に飲めるようになったのは、1990年代以降です。ちなみに、この「世界コクテール飲物辞典」で紹介されているレシピは、バーボン・ウイスキー1Jigger、ジャマイカ・ラム1tsp、パウダー・シュガー1tsp、生ミント3本、ソーダ適量、クラッシュド・アイスと、やはり初期の欧米でのレシピ同様、ラムを少し加えるつくり方です。 ミントは家庭でも、プランターや植木鉢で簡単に栽培できますし、最近ではスーパーでも置く店が増えてきました。生ミントが手軽に手に入る現代に生きる私たちは、なんと幸せなんだろうと思わずにいられません。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】