Harry's ABC Of Mixing Cocktails:世界初の体系的カクテルブックの中身とは(23)Yokohama/9月20日(日)
◆「Harry's ABC Of Mixing Cocktails」にみるクラシック・カクテル 20.ヨコハマ(Yokohama) 日本発祥のカクテルとしては、1890年(明治23年)、横浜グランドホテルの支配人、ルイス・エッピンガー(Louis Eppinger)が考案した「バンブー(Bamboo)」がとても有名ですが、「ヨコハマ」は、日本の都市名がそのまま名前となった初めてのカクテルです。その構成材料は、ジン、ウオッカ、オレンジ・ジュース、グレナディン・シロップ、アニス系リキュール(アブサン、ペルノーなど)の5つ。 1930年以前に生まれたクラシック・カクテルでウオッカを使うものは極めて少ないのですが、この「ヨコハマ」はその数少ない例の一つです。現時点で確認した限りでは、「ヨコハマ」カクテルを初めて活字で紹介したのは、ハリー・マッケルホーン(Harry MacElhone)のカクテルブック「Harry's ABC of Mixing Cocktails」(1919年刊)です。とは言え、マッケルホーンのオリジナルではなく、欧米では少なくとも1910年代にバーの現場に登場していたと考えられています(オリジナルの場合は、マッケルホーンはその旨を記していました)。 誕生の由来や考案者等は不明ですが、横浜の外国人向けホテルのBarや社交クラブ、あるいは横浜港に寄港した外国客船内(日本~欧州間の客船での定期航路は1890年代から本格的な運航が始まりました)のBarで生まれ。欧米へ伝わったという説が一般的です。「Cocktail 101」という英語のカクテル専門サイトは「Yokohama Grand Hotel、もしくは(当時外国人居留地にあった)The United ClubやThe Columbia Clubという外国人向け社交クラブで誕生したのではないか」と記していますが、根拠資料は示していません(http://cocktail101.org/2011/09/16/27-yokohama-cocktail/)。 ちなみに、「ヨコハマ」カクテルの色合いは、横浜港の沖合いから昇る朝陽(あるいは沖合いに沈む夕陽)がイメージされたとか、日本のシンボルカラーである赤をイメージしてつくられたとも言われていますが、こちらも確証はありません。 「Harry's ABC…」で紹介されている「ヨコハマ」のレシピは、「ジン3分の1、ウオッカ6分の1、オレンジ・ジュース3分の1、グレナディン・シロップ6分の1、アブサン1dash、シェイク・スタイル」です(写真=Yokohama Cocktail @ Little Bar, Osaka)。 「Diffordsguide」という別の英語の専門サイト(http://www.diffordsguide.com/cocktails/recipe/2610/yokohama)は「ヨコハマ」について、「ウオッカを除けば、(「Harry's ABC…」にも収録されている)マッケルホーンのオリジナル、モンキー・グランド(Monkey's Gland 末尾の【注】ご参照)というカクテルとほとんど同じカクテル」とコメントしています。もちろん時系列からして、「Yokohama」が先にあって、「Monkey's Gland」は「Yokohama」にヒントを得て、マッケルホーンが考案したと考えるのが自然です(ちなみに「モンキー・グランド」のレシピは「ジン2分の1、オレンジ・ジュース2分の1、グレナディン・シロップ1tsp、アブサン1dash(シェイク・スタイル)」です)。 スタンダード・カクテルでも時代とともにレシピが微妙に変化していくことが多いのですが、この「ヨコハマ」は、レシピが現代でもほぼそのまま受け継がれている稀有なカクテルです。 今回、「Harry's ABC…」の初版本の中身を詳細にみる連載を、20回に渡って続けてきました。新たな発見も数多くありました。この「ヨコハマ」についても、その発祥の由来に関して何か手掛かりが得られるのではという期待がありました。しかし残念ながら、マッケルホーンは何も触れておらず、謎はそのまま残されました。 では、1930~1950年代の欧米のカクテルブック(「Harry's ABC…」以外)は「ヨコハマ」をどう取り扱っていたのか。ところが、収録しているカクテルブックは意外と少ないのです。確認した限りでは、以下の3冊くらいです。・「The Savoy Cocktail Book」(1930年刊)英 ジン3分の1、ウオッカ6分の1、オレンジ・ジュース3分の1、グレナディン・シロップ6分の1、アブサン1dash(シェイク・スタイル)・「World Drinks and How To Mix Them」(ウィリアム・T・ブースビー著、1934年刊)米 ジン3分の1jigger、ウオッカ1spoon、オレンジジュース1spoon、グレナディン・シロップ1spoon、アブサン1dash(シェイク)・「The Official Mixer's Manual」(パトリック・ギャヴィン・ダフィー著、1934年刊)米 ジン3分の1、ウオッカ6分の1、オレンジ・ジュース3分の1、グレナディン・シロップ6分の1、ペルノー1dash(シェイク・スタイル) そして、「The Artistry Of Mixing Drinks」(フランク・マイアー著 1934年刊 仏)、「The Old Waldorf-Astoria Bar Book」(A.S.クロケット著 1935年刊 米)、「Mr Boston Bartender’s Guide」(1935年刊 米)、「Café Royal Cocktail Book」(W.J.ターリング著 1937年刊 英)、「Trader Vic’s Book of Food and Drink」(ビクター・バージェロン著 1946年刊 米)、「Esquire Drink Book」(フレデリック・バーミンガム編 1956年刊 米)のような1930~50年代に出版された、そこそこ有名なカクテルブックにはなぜか収録されていません。 この理由として、個人的な想像を交えて言えば、戦前(とくに1930年代以降)の「対日感情の悪化」も背景にあったのではないかと思っています。戦後の欧米のカクテルブックでも、「ヨコハマ」はほとんど忘れ去られた状態でした。手元の文献で見ても、再び「ヨコハマ」カクテルの名前を見つけたのは、2000年以降です。欧米のカクテルブックが、今後も忘れずに取り上げてくれることを願わずにはいられません。日本の都市名の付いたカクテルを他国の人々が安心して楽しめるのは、何よりも平和の証ですから。 「ヨコハマ」のレシピにはバリエーションがあまり見受けられませんが、唯一、「Complete World Bartender Guide」(ボブ・セネット編、2009年刊 米)が、次のような“変化球レシピ”を紹介しています。「ジン4分の3onz(約23ml)、ウオッカ、オレンジ・ジュース、グレナディン・シロップ各2分の1onz(15ml)、ペルノー1dash(シェイク・スタイル)」。 さて、日本発祥と言われる「ヨコハマ」。1910年代には東京や横浜のホテル・バー等では飲まれていたと想像するのですが、日本のカクテルブックに登場するのはなぜか、1936年刊行の「スタンダード・カクテルブック」(村井洋著、NBA編)が最初です。その後も、日本発刊のカクテルブックにはかなりの頻度で収録されているのですが、残念ながら、現代の日本のバーでは、ご当地カクテルである横浜のバー以外では、おそらくあまり注文されることは少ないのではないでしょうか。 「ヨコハマ」はジン&ウオッカがベースなので強いと誤解されがちですが、甘さも程良く、さほどきつさを感じない、とても飲みやすいカクテルです。ぜひ一度味わってみられることをお勧めします。太平洋航路の豪華客船のバーのカウンターで飲んでいるような気分になれるかもしれませんよ。 【注】Monkey's Gland(サルの生殖腺)という風変わりなカクテル名は、1910~20年代にパリ在住のロシア人外科医、セルジュ・ボロノフ(Serge Voronoff)が「若返り効果がある」として始めた、サルの睾丸を人間に移植する手術が大きな社会問題になったことに由来する。パリにはこの手術を受けたいという資産家らがフランス以外からも数多く集まってきたという。実際に効果があったかどうかは定かでない。 ※長らくお付き合い頂いた連載「Harry's ABC of Mixing Cocktails:世界初の体系的カクテルブックの中身とは」は、今回で終了します。ご愛読有難うございました。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】