【改訂新版】カクテルーーその誕生にまつわる逸話(42)Jack Rose/3月26日(日)
42.ジャック・ローズ(Jack Rose)【現代の標準的なレシピ】(液量単位はml)アップルジャック・ブランデー(カルバドス)(45)、ライム・ジュース(15)、グレナディン・シロップ(10) 【スタイル】シェイク ジャック・ローズは20世紀初頭に誕生したと伝わるクラシック・カクテルで、現代のバーでもよく注文が出る人気カクテルの一つです。1900年代後半の米国のカクテルブックに登場していることから少なくとも、1910年代には欧米・大都市のバーでは、かなり認知されていたと思われます。誕生や経緯・由来については以下のような諸説がありますが、決定的なものはありません。 (1)1900~1910年の間に、ニューヨークで生まれた。カクテル名は、当時の著名な暗黒街のボス、ジェイコブ・ローゼンワイヒのニックネーム「ボールド・ジャック・ローズ」から名付けられた(考案者は不明)(出典:Wikipedia英語版ほか)。 (2)1900年~1910年の間に、ニューヨークのジェイコブ・ローゼンヴァイヒ自身が考案した(出典:PBOのHP)。(※Wikipedia英語版はこの説に否定的) (3)カクテル名は、ジャックミノ(Jacqueminot)という名のバラの花の色がローズピンクだったことから(考案者や誕生の時期には触れず)(出典:ウォルドルフアストリア・ホテルのバーテンダー、アルバート・クロケットの回想録「Waldorf Bar Days」, 1931年刊)。 (4)ニュージャージー州ニューアークのレストラン経営者、ジョセフ・P・ローズ(Joseph P. Rose)が考案し、自らの名前から名付けた(考案時期は不明)(出典:Wikipedia英語版)。 (5)考案者や時期は不明だが、カクテル名については、ベースとなるアップル・ブランデー「アップルジャック」と、材料のグレナディン・シロップが生み出すローズ色に由来している(※カクテル名については、現在ではこの説が多数派です)。 「ジャック・ローズ」が欧米のカクテルブックに登場するのは、現時点で確認できた限りでは、1908年に米国人のウィリアム・T・ブースビー(William T. Boothby)が著した「World Drinks and How To Mix Them」が最初です。ブースビーのレシピは、「アップルジャック2分の1、グレナディン・シロップ4分の1、レモン・ジュース1tsp(4分の1?)」というシンプルなものです。 また、6年後の1914年に米国人のジャック・ストラウブ(Jacques Straub)が著した「Mixed Drinks」にも「アップル・ジャック1jigger、ライム・ジュース2分の1個分、グレナディン・シロップ4分の1jigger」が紹介されており、「ジャック・ローズ」は1910年代にはバーの現場でかなり認知されていたことが分かります。 なお、11年後の1919年、英国で出版されたハリー・マッケルホーン(Harry MacElhone)の「ABC of Mixing Cocktails」にも掲載されていますが、マッケルホーンのレシピは、「アップルジャック<またはカルバドス>3分の1、ジン6分の1、ドライ・ベルモット12分の1、スイート・ベルモット12分の1、オレンジ・ジュース6分の1、ライム<またはレモン>ジュース6分の1、グレナディン・シロップ少々」と、7種類も材料を使う複雑なものとなっています。 マッケルホーンのレシピは、ジンやベルモット、そしてオレンジ・ジュースまで加えるというとても興味を引く内容ですが、こうしたジャック・ローズのレシピは、調べた限りではマッケルホーンの本以外には見当たりません(しかしマッケルホーン自身は後年、「Harry's ABC…」の改訂版で、現代の標準レシピに近いもの<カルバドス2オンス、レモン・ジュース=分量指定なし、グレナディン・シロップ4dash>に変えているので、「バーの現場の大勢に従って」修正したのかもしれません)。 ちなみに、後の1920~40年代の主なカクテルブックに登場した「ジャック・ローズ」は、どういうレシピだったのか、ひと通りみておきましょう。・「Cocktails: How To Mix Them」(ロバート・ヴァーマイヤー著、1922年刊)英 アップルジャック3分の1ジル(ジルは昔の容量単位。1ジル=約142mlなので、約50ml弱というところ)、ライム・ジュース(またはレモン・ジュース)6分の1ジル(約25ml)、ラズベリー・シロップ(またはグレナディン・シロップ)少々・「The Savoy Cocktail Book」(ハリー・クラドック著 1930年刊)英アップルジャック(またはカルバドス)4分の3、グレナディン・シロップ4分の1、ライム・ジュース1個分(またはレモン・ジュース半個分)・「Mr Boston Bartender’s Guide」(1935年刊)米 アップルジャック45ml、ライム・ジュース半個分、グレナディン・シロップ1tsp、・「The Artistry Of Mixing Drinks」(フランク・マイアー著 1934年刊)仏 アップルジャック(またはカルバドス)2分の1、グレナディン・シロップ2分の1・「The Old Waldorf-Astoria Bar Book」(A.S.クロケット著 1935年刊)米 アップルジャック3分の2、グレナディン・シロップ3分の1・「Café Royal Cocktail Book」(W.J.ターリング著 1937年刊)英 アップルジャック(またはカルバドス)4分の3、グレナディン・シロップ4分の1 レモン・ジュース(またはライム・ジュース)半個分・「Trader Vic’s Book of Food and Drink」(ビクター・バージェロン著 1946年刊)米 アップルジャック1オンス、グレナディン・シロップ1dash、ライム・ジュース1個分 アーネスト・ヘミングウェイは、1926年に発表した「日はまた昇る(The Sun Also Rises)」の中で、ホテルのバーで登場人物がジャック・ローズを飲むシーンを描いています(出典:Wikipedia英語版)。また、往年のハリウッド俳優、ハンフリー・ボガードがお気に入りだったカクテルとしても知られています(出典:欧米の複数の専門サイト)。 「ジャック・ローズ」が日本に伝わったのは古く、1920年代に出版されたカクテルブックにその名前が見えますが、街場のバーで普及したのは戦後になってからです。 【確認できる日本初出資料】「コクテール」(前田米吉著、1924年刊)。そのレシピは、「アップルジャック3分の2オンス、ライム・ジュース3分の1オンス、ラズベリー・シロップ少々(シェイク)」となっています。 グレナディン・シロップではなく、ラズベリー・シロップであるのは、日本にはマッケルホーンのレシピがまず伝わったことが理由でしょう。ちなみに、生ライムがとても貴重だったこの頃の日本で、果たして、このレシピに忠実につくれるバーがどれくらいあったでしょうか。