【改訂新版】カクテルーーその誕生にまつわる逸話(57)Mint Julep/6月30日(金)
57.ミント・ジュレップ(Mint Julep)【現代の標準的なレシピ】 (容量単位はml)バーボン・ウイスキー(45~60)、ミントの葉(適量)、ミネラル・ウォーター(またはソーダ)(20~30)、シュガー・シロップ(またはパウダー・シュガー)2tsp、クラッシュド・アイス 【スタイル】ビルド 「ミント・ジュレップ」は、現代のバーでよく飲まれる人気カクテルのなかでも、最初期に誕生したことが確実な、古典的カクテルの一つです。ただし、その誕生の詳しい経緯や由来について伝える史料は、ほとんど伝わっていません。 「ジュレップ」というスタイルのドリンクは、古代ペルシャの「Gulab(グルアーブ)」(「バラの水」の意味)にルーツを持ち、ペルシャからフランスへ伝わり、さらに米南部へ移民したフランス人たちによって持ち込まれ、改良されていったと伝わります(出典:欧米のWeb専門サイト=複数)。「ジュレップ」とはアラビア語源の言葉で、「薬を飲みやすくするための甘い飲み物」のことですが、おそらくは移民フランス人たちが、自分たちが発音しやすい言葉として選び、定着させたのではないかと想像できます。 1800年頃には、米国内、とくにヴァージニア州北部のプランテーションでミント・ジュレップは広まっていて、1815年、英国海軍の艦長だったフレデリック・マリアット(Frederic Marryat)は「米南部の農園ではマデラワイン・ベースのミントの葉入りのドリンクが飲まれている」という記録を残しており(出典:欧米のWeb専門サイト)、この頃すでに「ミント・ジュレップ」の原型とも言えるドリンクが飲まれていたことは間違いありません。 現代では、通常バーボン・ウイスキーをベースにつくられるミント・ジュレップですが、誕生当初はポートワイン・ベースで飲まれることが多かったとも伝わります(出典:同)。その後、時代が進むとともに、ブランデー・ベース、ウイスキー・ベース、ラム・ベース、ジン・ベースなど様々なバリエーションが生まれていったようです。 「ミント・ジュレップ」が欧米のカクテルブックで初めて紹介されたのは、「カクテルの父」と言われる米国人バーテンダー、ジェリー・トーマス(Jerry Thomas)の「How To Mix Drinks」(1862年刊)です。このため、少なくとも19世紀前半頃には、酒場や一般家庭でのドリンクとしてある程度は普及していたと考えられています。トーマスのレシピは、「ブランデー1.5Wineglass、ミントの枝3~4本、シュガー(分量の言及なし)ミネラルウォーター(同)、クラッシュド・アイス、ジャマイカ・ラム1dash(最後に振る)、パウダー・シュガー(同)、飾り=ベリー類、オレンジ・スライス、生ミントの葉」となっています。 なお、上記トーマスのカクテルブックには、ミント・ジュレップのほかにも、その原型とも言われる「ジョージアン・ジュレップ(Goergian Julep)」(ジョージアン・ミント・ジュレップとも言う)というカクテルも収録されています。ベースはブランデー(コニャック)で、ピーチ・ブランデーも使いますが、基本的なコンセプトは同じです(※同書では、ほかにもジン・ジュレップ、ウイスキー・ジュレップ、パイナップル・ジュレップが収録されています)。 現代のバー業界でも意外と知られていないことですが、以下に紹介するように、19世紀~20世紀初頭までは、欧米ではミント・ジュレップと言えば、ブランデー(コニャック)・ベースが一般的でした。ウイスキー・ベースのミント・ジュレップがお目見えするようになるのは、1910年代以降です。では、1880~1950年代の主なカクテルブックは「ミント・ジュレップ」をどう取り扱っていたのか、ざっとみておきましょう。・「Bartender’s Manual」(ハリー・ジョンソン著、1882年刊)米 コニャック2分の1Wineglass、ミントの枝3~4本、水またはソーダ2分の1Wineglass、シュガー1tsp クラッシュド・アイス (※「このドリンクは米国以外の地域でも知られている」との記述あり)・「American Bartender」(ウィリアム・T・ブースビー著、1891年刊)米 コニャック1jigger(45ml)、ミント(分量の言及なし)、シュガー(同)、ミネラルウォーター(同)、クラッシュド・アイス、ジャマイカ・ラム1dash(最後に振る)、シュガーにディップしたミントを飾る。(※「Brandy Julep」の名で登場。「Mint Julep」については「Brandy Julepと同じもの」と紹介)・「Modern American Drinks」(ジョージ・J ・カペラー著、1895年刊)米 ブランデー2分の1jigger、ラム2分の1jigger、シュガー1.5tsp、ミントの枝数本、ミネラルウォーター少々、クラッシュド・アイス、フルーツやミントを飾る。(「Mint Julep Southern Style」との名で収録)。・「Dary's Bartenders' Encyclopedia」(ティム・ダリー著、1903年刊)米 ブランデー1.5Glass、シュガー1tsp、ソーダ2分の1Wineglass、ミントの枝4~5本、クラッシュド・アイス、ジャマイカ・ラム1dash(最後に振る)、パウダー・シュガー(同)・「Bartenders Guide: How To Mix Drinks」(ウェーマン・ブラザース編、1912年刊)米 ブランデー1.5Glass、パウダー・シュガー3tsp、ミネラルウォーター1.5tsp、ミントの枝3~4本、クラッシュド・アイス、ジャマイカ・ラム1dash(最後に振る)、飾り=ベリー類、オレンジ・スライス、生ミントの葉・「173 Pre-Prohibition Cocktails)」 & 「The Ideal Bartender」(トム・ブロック著、1917年刊、2001年&2006年再刊)米 ブランデー1jigger、シュガー1tsp、ミネラルウォーター4分の3Wineglass、生ミントの枝3~4本、クラッシュド・アイス、飾り=フルーツ、ミントの枝 (※「Brandy Julep」の名で収録。「Mint Julep Kentucky Style」という名のカクテルも収録しているが、バーボン・ウイスキー2jigger、角砂糖1個、ミネラルウォーター15ml、クラッシュド・アイス、生ミントというレシピ。ミントは潰さないと言及している)。・「ABC of Mixing Cocktails」(ハリー・マッケルホーン著、1919年刊)英(バーボンウイスキー・ベースのミント・ジュレップが活字になった初めての例か?)。 レシピは文章スタイルで紹介されています。原著の通り記せば、「シュガー2tsp、ミネラル・ウォーターまたはソーダ2分の1Wineglass、生ミントの小枝3~4本を(タンブラーの底で)香りが十分出るまでつぶし、ミントは取り出す。次にバーボン・ウイスキーGlass2杯分を加える(※Glassのサイズについての言及はありません)。そこに、細かく削った氷(原文では「fine shaved ice」)をタンブラーいっぱいに入れて、グラスに霜が付くまでよくステアする。最後にミントの小枝を刺し、オレンジやレモン、パイナップルのスライスとチェリーをトップに飾る」(※1986年刊の復刻改訂版では、飾りは生ミントだけになっています)。・「The Savoy Cocktail Book」(ハリー・クラドック著、1930年刊)英 ブランデー2分の1、ピーチ・ブランデー2分の1、シュガー1tsp、ミントの葉約10枚、クラッシュド・アイス (※バーボンまたはライ、カナディアン・ウイスキー・ベースのミント・ジュレップも収録されているが、名前は「Southern Mint Julep」)・「The Artistry Of Mixing Drinks」(フランク・マイアー著 1934年刊)仏 バーボン・ウイスキー1Glass、シュガー1tsp、ミントの枝5~6本、クラッシュド・アイス、飾り=スライス・レモン、生ミント・「The Official Mixer's Manual」(パトリック・ギャヴィン・ダフィー著、1934年刊行)米 バーボン2igger、パウダー・シュガー1tsp、生ミント、ソーダ、クラッシュド・アイス・「The Old Waldorf-Astoria Bar Book」(A.S.クロケット著 1935年刊)米 ウイスキー(バーボンかどうかの言及なし)1jigger、シュガー0.5tsp、ミネラルウォーター1pony(30ml)、ミントの枝3本、クラッシュド・アイス、飾り=生ミント・「Mr Boston Bartender’s Guide」(1935年初版刊)米 バーボン・ウイスキー2.5onz(75ml)、パウダー・シュガー1tsp、ミントの枝4本、ミネラルウォーター2tsp、クラッシュド・アイス、飾り=オレンジ・スライス、レモン・スライス、パイナップル・スライス、チェリー、生ミント・「Café Royal Cocktail Book」(W.J.ターリング著 1937年刊)英 バーボン・ウイスキー1Glass、パウダー・シュガー1.5tsp、ミントの枝4本、クラッシュド・アイス、飾り=生ミント・「Trader Vic’s Book of Food and Drink」(ビクター・バージェロン著 1946年刊)米 バーボン・ウイスキー(分量の言及なし)、パウダー・シュガー1.5tsp、ミントの枝6~7本、クラッシュド・アイス、飾り=シュガー・コーティングした生ミント・「Esquire Drink Book」(フレデリック・バーミンガム著、1956年刊)米 バーボン・ウイスキー1measure、ミネラルウォーター2tsp、角砂糖1個、ミント数本(あらかじめグラス内でつぶしておく)、クラッシュド・アイス、飾り=生ミント ミント・ジュレップは1875年から続く伝統あるケンタッキー・ダービーで、公式ドリンクに認定されています。今日でも、会場であるチャーチルダウンズ競馬場や前夜祭では、このカクテルがこぞって飲まれているそうです。なお、このミント・ジュレップに使われるダービー公認バーボンには「アーリー・タイムズ」または「ウッドフォード・リザーブ」が指定されているそうです(出典: 欧米の専門サイト他)。 「ミント・ジュレップ」は日本にも1900年代後半に伝わりましたが、(理由ははっきりしませんが)当初はほとんど普及しませんでした。これには氷が貴重なのに加えて、生ミントも手に入りにくかったことが背景にあったと思われます(国産の生ハッカの葉で代用したレシピもあったそうですが…)。1900年代の文献で一度紹介された後は、確認できた限りでは、1950年代まで活字になることはありませんでした。 日本国内のバーで本格的に認知されるようになったのは、1960年代以降です。ただし、この当時でも生ミントが稀少で高価だったためか、当初はミント・リキュールで代用することも目立ちました。昨今のように、生ミントを使ったミント・ジュレップがバーで普通に飲めるようになったのは、うらんかんろの個人的な記憶からしても、1980年代になってからです。現代では、日本でもほぼ年間を通じて生ミントが手に入り、バーでもさほど苦労なく頼めるようになりました。私たちは本当に幸せな時代に生きていると思います。 【確認できる日本初出資料】「洋酒調合法」(高野新太郎編、1907年刊)。レシピは、「ブランデー1.5Glass、シュガー1tsp、生ミント3本、ミント3~4本、クラッシュド・アイス、オレンジの皮、ジャマイカ・ラム少々(最後にフロート)」。欧米での初期のレシピ同様、ラムを少し加えるつくり方になっています。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】