テーマ:海外生活(7774)
カテゴリ:ご近所物語
昨日病院のそばで目に付いたポスターがある。日本語に直訳するならさしずめ「無の舞踏」という題名の写真展のポスターだ。
古びた大名行列の後ろ姿の写真がわたしの目を引いた。作者の名前はスペイン人のようで聞いた事のない名前だった。 オープニングがちょうど今日の夜9時になっていて、プログラムには「能樂」「茶会」と書いてある。 こんな田舎町でも日本の紹介をするのか。。。 これにはきっと近所に住む日本人も来るに違いない。ご近所同国人を見つけるのにいいチャンスだし、おっとにも前回日本に行ったときに見せられなかった日本の文化を見せるのにいい。 さっそくポスターに書かれた電話番号をメモって、詳しい情報を聞くために電話した。 電話番号は病院のすぐそばの図書館のものだった。 図書館員は電話に出ると「ああ、ちょうど写真家の方が準備にお見えになってますから替わります。」 え。。。大名行列の写真で、てっきりわたしはアンティ-クの写真だと思ったんだけど、違うの?? やがて若い男の声、しかも日本語で「もしもし?」と作者が電話に出たのでずっこけた。 わたしは慌てふためいて「いやっ、あのてっきり作者の方だと思ったんですけど、えと今日の情報を教えてもらいたくて。。。」 作者じゃなくて写真の収集家かな?ともチラリと思う。 男性「え~とですね、これは日本を紹介する写真展でして。。。えへん、作者はわたしであります。」 えへん?いまどき変な言い方だ。これでわたしは相手が日本人じゃないことに気づいた。 わたし「「能樂」「茶会」もあるんですか?」 男性「ありますよ~、今日だけですけど。10時ぐらいからかな?きちんとした時刻は言えないですけど。」←さすがイタリア わたし「これ。。場所は図書館ですよね?図書館にそんな舞台まであるんですか。」 男性「まあ、小さな舞台ですけどね、あはは」と気恥ずかしそうに口ごもる。訛りはガイジンのものだが、日本人らしい仕草をするひとだな、と思った。 わたしはじゃあ後ほど、と電話を切ってアンティ-クの写真と若い男性の声のミスマッチに夜まで首をひねっていたのである。 夜9時過ぎ。平日の田舎町の夜は猫の子一匹いやしない。(居たら連れて帰りたかったけど。) 無人の町を駐車場から歩いていくと図書館には明かりがついていて、中に結構たくさんの人数が集まっていたのでほっとした。 イタリアだってのに、オープニングはきっちり9時から始まっていたらしく、30人ほどがぞろぞろと金髪の若い男性の説明を受けながら写真を見ている。 わたしたちが加わると、男性は少し猫背になってわたしに近づいてきて「どうもどうも、お昼にお電話いただいた。。。」と低姿勢で近づいてきたのでこのひとが作者だとわかった。スペイン人のような名前なのにイタリア人らしい。まったく外見に似合わず日本人のような仕草だ。 日本暮らしがきっと長かった人なんだな、と解釈して作品をながめた。 写真は全て白黒で、京都の町並みが撮られていた。 神社のおみくじが無数に結び付けられた柵、七五三の衣装の子供たち、プラスチックの節分の鬼の面、日本のお墓。ガイジンさんには珍しいものが写真に収められている。 しかしこういっちゃなんだが、全ての写真は普通のカメラかデジカメで撮られたようで、素人にしてはうまいほうだけど、プロではない事がすぐにわかった。 展示の仕方も額なしで額縁の中紙に写真をはさんでクリップでぶらさげているだけのものなので、それが余計に中途半端さを感じさせられる。 男性の説明であの謎の大名行列は「時代祭り」を撮ったものだとわかった。ポスターは古ぼけた感じだったのに、実際の写真は普通に撮れている。きっとポスターを請け負ったグラフィックの会社が加工を施したんだろう。 な~んだ。。。 わたしはちょっとがっかりした。 男性は「じゃあ、お茶会が始まりますから、皆さん地下へ。」と階段を降りていく。 このメンバーの中には最初から目をつけていた退屈そうにしていたわたしの他にもう一人だけだった日本人の女性がいたのだ。 そのときわたしは思いきって声をかけた。 各写真の下にポエムがついていたのだが、彼女がそれを日本語に訳したと男性は言っていた。「それはもう、素晴らしい訳者でわたしの気持ちを100パーセント理解してくれたのです!」と紹介しようと躍起になっていたのだが、彼女は恥ずかしがってずっと隠れていたのだ。 聞けば彼女はわたしの隣町に住んでいるらしい。わたしが「彼、べた誉めにあなたのこと、誉めてましたね!」というとうざそうに「ああ、あれ。まさか日本人に見られるとは思わなかったから、えいっ、てやっちゃって。。ああもう!あ、早くお茶会に行かないと。。」と逃げてしまったのである。 めちゃくちゃ敬遠されたのを感じた。 わたしはてっきりあの作者の彼女かと思ったのだが違うようだ。恥ずかしいのか?うざいのか?? 始めてのひとと話すのは、楽天ですでに知り合ったひとと会って話すより相当難しい。ご近所同国人友達作りは失敗に終わった。涙 地下の会場はスライド室だった。 スライドの幕の前が1段高くなっただけのいわゆる「視聴覚室」である。 そこに正方形の畳が何枚か敷かれて水仙の花の一輪挿しと「寂」とかかれた色紙が置いてあった。 わたしたちがエレベーターを使って降りたときにはすでに全員が着席していて1番前の席がちょうど2つ空いていたのでそこに座る。 男性はひとり薄緑の渋い着物に濃い緑の袴をはいてリンと立つ女性を「彼女はヨーロッパで唯一裏千家の皆伝を持つ女性でして、ボローニャにお住まいなのですが、ミラノにお仕事でいらっしゃる日程に合わせて、こちらにお越し願ったわけです。」と得意そうに紹介した。 彼女は一礼し、さっそく茶道についての説明をはじめる。 簡単な歴史と、茶道の楽しみ方。「茶道とはお茶を立てる席を日常と切り離した空間とみなし、静寂の中のお茶を立てる音、湯が沸く音、外界の虫の声などを楽しむものです。」 そこにお客としてさっきの男性と、ひとりの金髪の女性が茶室に見たてた畳の上に正座した。 きれいな桃色の着物を着た日本人女性がもてなす側として入ってくる。 お茶が始まった。 見物しているわたしたちは息を止めてその光景と、かすかな音を一緒に楽しむように努力する。 しかし、これはかなり難しい事だった。 なぜならここはどれだけ想像力を膨らませても「自然の中の趣のある茶室」ではなく灰色の壁に囲まれた「地下の視聴覚室」なのである! 本当の茶室の環境を知っている日本人のわたしにしても想像できかねるのに、イタリア人としたらどう思って見ているんだろう? せめてうぐいすの声の効果音をバックに流すとか、背景にお粗末なパネルでもいいから日本家屋の写真を飾るとかさ。。。 わたしたちがジリジリしてきたころ、最初から緊張しまくっていた男性がお茶を畳にこぼしてしまった! 一斉に観客から失笑があがった。男性は顔が耳まで真っ赤になって「すみません、すみません!」とテイッシュを持って這いずる姿を見て、また失笑があがる。 やはり、ひとときもじっとしていられないイタリア人たちに「静寂を楽しむ」なんてのは無理だったのだ! ここから会場はぐっとくだけた雰囲気になった。 袴姿の女性も顔を崩し「何かご質問は?」と観客を見渡して聞く。おっとを含め、何人かいろいろと質問をしていた。 「皆さんの中でお茶を試したい方、いらっしゃるかしら?」というと若い客を筆頭に積極的に手があがった。 わたしは正座ができないので黙っていたのだが、お客としてはたったひとりの日本人だったので(前記の女の子は後ろの席で居眠りしていた。やっぱりうざいんや。)、わざわざ席までお茶を立てて持って来てくれた。 お茶を立てていた日本人が親しみを込めた目でわたしを見たのでうれしくなった。 急に楽しくなったお茶会が終わり、袴姿の女性は「能楽に入る前に5分休憩しましょう。」という。 ああ、舞台セットの準備がいるんだな、とそのままイスに座っておっとと喋っていると、先ほど客として茶室で正座していた金髪の女性が親しげにやってきた。 ミラノにある裏千家の教室の先生?らしい。日本語がお上手で、8年間東京に在住されていたとか。あの変わった正方形の畳も日本から持ってきたそうだ。「いつでも気軽に裏千家に遊びに来てね。」とチラシをもらった。 その後、あのお茶を立てていた日本人とも喋りたいし、今は起きて他の人と喋っているもうひとりの女の子にも更にチャレンジしたいな、とキョロキョロしていると明かりが暗くなって「能楽を始めましょう。」と声があがったので仕方なく前を向いた。 前には別になんの舞台セットもなかった。 さきほどの袴姿の女性がしずしずと台にあがると、台の右側の窓ガラスの向こうのまるで学校の放送室のようなところから唸るような能の歌が流れ始めた。 袴姿の女性は腰にさしていた扇を開いてゆっくり足を踏み出す。 。。。。。。。。え? 踊りは正確できれいだった。 しかし、おそらくわたしだけじゃない、観客全員はきらびやかな舞台衣装に身を包んだ数人が能面を被り、舞台セットの中で優雅に踊るとばかり思っていたのだ。 わたしはポカーンと見つめていた。おっとはあくびをして腕時計を見た。 周りの観客の数人は何も言わずに立ちあがり去っていった。 おっと「ねえ、ぼくたちも帰ろうよ。」 わたし「わたしだけが日本人の観客なのよ、最後まで帰れないよ。」 おっと「エゴイスト!ぼくは明日も仕事なんだぞ!!」 わたしたちはひそひそとケンカをしながら、次々出ていくひとたちを見る。 ああ~。。。。。開催者ではないのにひとりの日本人としてなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 写真はいまひとつだったけど、お茶といい、踊りといい、悪くはないのだ。 ただ、ただ。。。演出がまったくなっていない!! 予算が無かったんだろうか? こんな田舎町だからって、手を抜かれたんだろうか?? わたしが大学の時、各地の商店街や遊園地でアトラクションショーをするグループに参加していた。 その時はクライアントに言われた以上に衣装に装飾をつけたり、いかに派手な演出が出来るか相談したり、見物客も参加できるメニューを考えていかに楽しいショーになるか工夫していたものだ。 確かにお茶や踊りはアトラクションショーとは異なるが、人前に披露するのであれば、最低限観客を退屈させない工夫があってもいいんじゃないだろうか? ああ、そうか。この「無の舞踏」の意味がわかった。何にもないところで踊るからなのか?←こじつけ わたしは失意を感じながら最後まで我慢して座っていた。 袴姿の女性は3曲踊って、さっと舞台から降り「本日は終わりです。」と告げた瞬間から待っていたかのようにバタバタと片づけが始まった。 ぼーぜんと立ちあがると写真家?の男性が来た。 男性「今日はどうも来てくれてありがとう。」 わたし「いえいえ、日本語がお上手なんですね。」 男性「イタリアでちょっとやって、京都に6ヶ月留学してたんです。」 わたし「へえ~、たった6ヶ月でこんなに上手になるんだ。」 聞けば彼は某有名芸大の外国人コースなるものに通ったらしい。それが得意なようである。でも、ってことはまだ学生か学生あがりか。。。。 彼はわたしに名刺を渡して片付けに戻っていった。 考えたらわたしもちゃんと自己紹介をすれば、そこから友達の輪が広がったかもしれなかったのだが、この夜はその気になれなかった。 どれだけ才能があって、努力していても、その芸術家の作品が日の目を見ないのも多い。 彼はその点、ラッキーだな。田舎とはいえ図書館のワンフロアの半分使って個展が出来るんだものな。 こんなジェラシーも混ざりつつ、このオープニングの中途半端さにがっかりしつつ、図書館を後にしたのだった。 でもこんな田舎町の展覧会にしては上出来なのかな。。。。。。。。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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