恐怖のエピファニアとコックさんの仕事初め。
先週金曜日はイタリアは「エピファニアの日」という宗教的な祭日だった。この日は「べファーナ」という鼻の曲がった醜い魔女がほうきで飛んできて、いい子たちにはお菓子やプレゼントを、悪い子たちには木炭をくれるという。この日の夜。我が家にも「べファーナ」がやってきた。いつものように夕食後、全員でソファの上に固まってTVを観ていたのだ。そのうち、コックさんがおもむろに立ち上がったかと思うと、部屋に入ってがさごそして、50cm四方はある箱を抱えて出てきた。コックさん「いくきーとさん、これちょっと早いんだけど、通訳と今までお世話になったお礼です。」とわたしのひざの上にその箱を乗せた。箱はずっしりと重く、ミラノの中心街にある電気屋のマークの入ったきれいにラッピングされていた。敏感日本人のわたしはこの時点で中身がわかってしまったのである!わたし「いやそんな、いいのに。。。。」汗コックさん「いろいろ悩んで、やっぱりこれが一番かと思って。」わたし「そんな。。。。気を使わなくていいよ。」大汗コックさん「絶対気に入ると思います。」わたし「いやマジで。。。。いらないって!」本気コックさん「そんなこと言わずに開けてください!」ううううう。。。。しかたがない。横でTVに夢中のおっとをちらちら見ながらしぶしぶ包装紙をはがす。中身はやっぱり おっとが過去に何度も妻や友達を売ってまでも、手に入れることをもくろんだ 「PS2」だった。おっと「ウ。。。。。。。。。ウワア~~~ッ!!!!!!!!!!」と奇声をあげ、わたしから箱をひったくった。「こ、これ。。。。。。ぼくの?」コックさんはうれしそうにうなずく。おっとは感動で言葉に詰まり、ひしっと強くコックさんを抱きしめた。さっそく説明書を取り出し、おまけでついていた「BUZI」というイントロクイズゲームの準備にとりかかる。コックさん「あ~、よかった。こんなに喜んでもらえて。重い思いをして、自転車で担いできたかいがあったなあ。」わたし「。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。」わたしはちっともうれしくなかった。だって。。。。だって。。。。。。。。。この功労賞はわたしにあるはずなのに、どうしておっとに、なんだ?しかもわたしにとって、もらって迷惑千万な「PS2」である!!しかしこうなる経緯はわかる。わたしは無視することに慣れてしまったが、他の人がおっとと毎回買い物に行くたびにゲームコーナーのPS2の前に貼り付かれていたら、そりゃあ、同情もして買ってあげたくもなるだろう。いつも「もしおっとがPS2を手に入れてしまったら。。。」と想定していた悪い夢はここから始まった。***次の日、バーゲンでずっと前から欲しかった籐の整理棚が29,9ユーロと安くなっているのを発見。わたし「ねえ、これ安くなってるよ!買おうよ!!」おっと「え~。。。。どこに置くのさ?ちゃんと置き場所を決めてサイズを測ってからにしなよ。」わたし「金魚のそば!ごみの分別にずっとこういうのを探してたんだよ!?」おっと「うち、お金ないし。。。。もうちょっといろいろ見て、これしかないなら買いなよ。」とわたしの手を引っ張って売り場から離れた。そして。しばらくわたしはいろいろな売り場を見ているうちにだんだん面倒くさくなってきて整理棚のことがどうでもよくなってきてしまった。ひとりで別行動していたおっとがスキップをしながら戻ってくる。おっと「見てみて!いくきーと!!」その手には大きく「21,9ユーロ」と書かれたすでに会計済みのサッカーゲームが握られていた。怒更に。1.この日から、わたしはうちに一台しかないTVが観れなくなった。2.おっととの会話がほぼゼロとなった。3.おっととつきあって毎晩遅くまでゲームをしていたコックさんは昨日の夜から仕事だったというのに、疲労で熱を出した。←あほまったくコックさんはとんでもないものをおっとにプレゼントしてくれたものである。怒*******************当のコックさんだが、昨日からいよいよ仕事が始まった。しかし、イタリアというところは契約書にサインするまでは油断してはならない国である。年末ローマをヤギたちを連れて忙しく歩いていたとき。若い女性から携帯に電話があった。女性「わたくし、◎◎ホテルの人事を担当しておりますフェデリカと申します。コックさんはおられますでしょうか?替わっていただけますか?」わたし「今、わたしはローマにおりまして。。。コックさんはミラノですが、ご用件はわたしが伺いますよ。」女性「いえ、これは本人にしかお話できないことなんです。」わたし「本人はイタリア語が出来ませんので、わたしを通してお話いただければ伝えますが?」女性「どうあっても本人でないと!コックさんの電話番号を教えてください!!」強引なお姉ちゃんやなあ。。。と思いつつ、電話番号を教えて電話を切った。しかし、10分もしないうちにコックさんから「なんか電話があったんですけど、全然わからないっス。」という電話と、引き続き、女性から電話があったのだった。女性「。。。契約書のことに着いてお話したのですが、コックさん、ぜんぜん理解できなかったようなので、こちらにもう一度お電話しました。」わたし「だから申しましたでしょ?どういったご用件ですか?」女性「契約書の内容承諾とサインの日の設定のことです。契約期間は1月9日から6ヶ月、週4日20時間労働となります。サインには今週中に来ていただきたいのですが。」わたしは怒った。「ちょ、ちょっと待ってください!契約はロメオ氏(マネージャー)との話ですと1年のはずですよ?それに先日別の人事の方にも申しましたように当方ローマにおりますので、今週中にサインに同行なんて出来ませんよ!」女性「1年なんて、我が社の決まりでは新入者には出来ません。初めての契約は最高6ヶ月までとなります。それと、今週中にサインが無理でしたら、来年1月3日に書類を取りに来てもらい、コックさんに訳していただいて、5日にサインに来てもらえますか?」ロメオにだまされた。。。。と思いながら決まりならしかたがないか、としぶしぶOKし、3日はコックさんにひとりで書類を取りに行ってもらって5日にサインに同行する、という形で落ち着いた。コックさんにさっそくそれを話すと、期間が短くなったことにちょっとがっかりしたようだった。わたし「あ、でもとりあえず6ヶ月で、たぶんその後更新してもらえるよ。」と電話を切った。しかし。その後すぐ、また女性から電話があったのである!女性「たった今、ロメオ氏からリクエストがありまして、契約は1ヶ月間のみ、となりました。」わたし「えええええええ!いったいどうなってるんですか!!まったく最後の面接 と話が違いすぎるじゃないですか!?」女性「わたくしに言われましても。。。ロメオ氏からのリクエストですから。」わたしは蒼白になって電話を切った。コックさんにすぐに報告することがためらわれた。さっきの今だ、あまりに本人にとっては酷すぎる。ロメオの野郎。。。。。おいしいことばかり並べ立てておいて、ひどい仕打ちだ。すぐに電話をかけて、問い詰めてやろうか、とも思ったが、わたし自身のことではないのでミラノに帰ってからコックさんと相談しようと決めた。(←もう出発日だったこともあり)おっと「きっと言葉とスシが出来ないのがネックだな。」わたしもそう思った。*****ミラノに帰り、おずおずとコックさんに報告する。いつもはポーカーフェイスのコックさんは相当の衝撃のようだった。わたし「ロメオに電話してみる?」コックさんはこくんとうなずき、わたしに携帯を渡す。電話に出たロメオは予想出来ていたはずなのにあたふたとしていた。ロメオ「い、いや、それはだね。うちの新入りコックはみんな1ヶ月契約からなんだよ、アハハハハ。すまんすまん、すっかり言うのを忘れてた。」そんなわけないだろう!ロメオ「とりあえず1ヶ月、うちでの仕事の様子を見ようじゃないか。それでお互い、気に入るかどうかで契約を更新してもいいし、転職してくれてもいいし。」わたし「でも待ってください。彼は1年契約だというから、他の仕事のリクエストも振ってここに決めたんですよ?話が違いすぎます。」ロメオ「ま、待ってくれたまえ。うちはね、コックは通常テストをしてから採用することにしているんだよ。だけど、彼は特別だ。言葉ができなくても、スシができなくても(←やっぱり)、今までの面接できっと彼ならやれる!と信じてテストなしに採用を決めたんだ。これはね、すごい栄誉あることなんだよ!わかる?「栄誉」だ!!」わたしは口をぽかーんと開けて電話を切った。何が「栄誉」やねん!とにかくわたしのことではないのでカッカしながらも、コックさんにロメオが言ったとおりに伝えた。コックさん「「栄誉」ですか、ハハハハハ。。。。はあ。」相当落ち込んだようである。わたしはどうなぐさめていいか、言葉に詰まり「。。。。あのさ、もしもよ。1ヶ月たって、コックさんがここの仕事気に入らなくて、転職することになって、住む家がなくなったらうちに戻ってきていいからね?」と言うしかなかったのだった。これが年末のこと。ここからコックさんはどうにか自分の中で「ダメだったらダメでいいや。」という割り切りを生み出し、1月5日にサインすることとなった。大きなホテルの割には、ちっぽけな事務所でサインをすませ、あの女性、フェデリカに付き添われて厨房に挨拶回りに行く。さっそく前回の青い目のコックさんが出てきて、他の4つの厨房をまわり、他のコックさんひとりひとりに「彼が来週から6ヶ月、うちで働くことになったコックさんだ!」と紹介していった。なんだ。。。。とりあえず6ヶ月のつもりはあるわけね。と内心ほっとしながら厨房を笑顔で廻る。宴会専用の厨房に行くと、2人の頑固そうな爺さんが黙々と果物を切っていた。青い目のコックさん「◎◎さん、彼、来週からあんたたちの下で働いてもらっていいかい?」2人がじろりとコックさんを見る。ひとりはふん、と知らん顔をしてしまった。もうひとりは「ああ?こいつ、イタリア語は出来るんかい?」わたし「ええ、少し。」爺さん「まあ、やらせてみるけどよ。」と顔も上げずに答えたのであった。*******そして昨日からコックさんの仕事は始まった。とりあえず今週いっぱいはまだ我が家を足場に通うようである。夜しか家にいないわたしたちは夜が仕事のコックさんには遭えないのでさっき電話をしてみた。わたし「どうだった?」コックさん「ああ、なかなかいい感じですよ。楽しかったです、みんな親切だし。宴会のほうに廻されるんじゃないかと心配してたけど、レストランのほうに廻してもらえて今日からさっそく前菜つくりをさせてもらえそうです。」ああ、よかった。「案ずるより生むが易し」なのか?まだ初日が終わったばかりである。