カテゴリ:小説
びっしりときれいに、几帳面に書かれた文字と ファンシーなクマのイラストがついた便せん。 そのアンバランスさと、不調和音に響く 重い、重い手紙の内容に奈津子は気絶しそうだった。 確かに学生の頃からつき合っている子がいる、と 修二から聞いていたが、いつしか彼女のことを話さなくなったので 「最近どうなの?」なんて軽く言ったら 「ああ、・・・話し合わなくてさ、別れちゃったよ」 そんな風に言ってたのは夏の終わり頃だった。 素早く封筒の消印を確かめる。 1993.12.1 ・・・・うそ、ついこの間じゃない。 奈津子が修二の営業補佐として外回りもしているので 一緒に行動することが多く、何度も食事に行くことはあったが 本格的に修二からつき合おうと言われたのは 10月の中旬だ。 修二の気持ちが前の彼女になくなっていたのはわかるが ちゃんと別れていなかったんだ。 彼女は未練たっぷりで、過去のこととは言え 中絶していたこともあったなんて・・・。 眠気もすっかり吹っ飛び、手紙を元に戻したが 鉛のような文章が頭から離れない。 どうして手紙なんか見ちゃったんだろう。 奈津子も修二のことを特別な存在として意識し始め、 それから何度かプライベートでも会うようになり 今が最大の盛り上がりの時である。 前の彼女との歴史に嫉妬するものの、 自分を好きだと言う男がその彼女を冷たくあしらったということは 優越感でもあり、少なくても修二はわたしには誠実・・・ 奈津子の心は複雑にいろいろな思いが絡み合っていた。 その時、ドアの向こうからカンカンカン・・と階段を上る音が聞こえ ピンポン、とドアチャイムが鳴った。 ああ、ほんとに早く帰って来れたんだ。 手紙のことは知らんぷりしておこう。 そう思いながらチェーンを開け、 「お帰り!」とおもいっきりドアを開けた。 しかし奈津子の目の前に立っていたのは修二ではなく 青白い顔をした髪の長い女だった。 「修ちゃん・・・いますか?」 まっすぐにこちらを見ているが目がどこも捉えていない。 思いつめているというよりはうつろな表情だ。 この人が手紙を書いた彼女だということは すぐにわかった。 「修二・・・くん、今仕事のトラブルがあって出掛けてるんだけど・・・」 この人、なんかやばい・・・そう奈津子が思う瞬間に 「中に上がらせてもらいますね」 その女は奈津子の前をすっと通り あっという間に家の中へ入った。 玄関に突っ立ったままの奈津子と 部屋の真ん中にいる元彼女。 突然の出来事に奈津子はどしてよいかわからない。 凍りついた空気に思考回路も停止してしまった。 修二、早く帰ってきて!奈津子は心で叫んでいた。 <つづく> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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