|
テーマ:病と暮らす(29)
カテゴリ:病と暮らす
ちょうど、去年のいまごろ子宮ガンを告知されたことを思い出し、
時のはやさとわが身の回復力に改めて驚きます。 退院後も、ありがたいことにこれまでと変わらず不自由ない生活を送ってきたワケですが、 そういえば、入院前の自分とひとつだけ変わったことがあります。 それは、「明るさ」に対する意識。 入院中の1ヶ月と、退院後の1ヶ月、あわせて丸2ヶ月はほとんど光を避けての生活でした。 その間、「外にでたい」「太陽を浴びたい」という欲求こそあったものの、「暗くて不自由」 という感覚は不思議となかったですね。 薬剤投入直後は、5ルクスという豆球くらいの光からスタートし、徐々に10、20、50 と白熱灯の光を調整していきます。 入院前は、光のない世界に対するばくぜんとした不安もあったのですが、いざ体験すると これが、意外と心地いいんですよ。 薄暗いときは、薄暗いなりに、ヨガをしたり、視覚がないのでせめて嗅覚を。と ゆったりアロマや自分でいれたコーヒーの香りを楽しんでいましたし、 面白いことに、お見舞いにきてくれた人たちがみんなナゼか「落ち着く」ってくつろいでくれて なんかちょっと親密度もアップしたような、快適な空間になっていました。 退院後、光に対する抵抗がだいぶなくなってきてはじめて外出したとき、 デパートやスーパーの明るさに本当に驚きました! かるく恐怖をおぼえましたよ。いや、冗談でなく。 これは、異常な明るさだ!と思いました。 みんな気づかないかもしれないけど、不必要にあかるすぎですよ。 もっと暗くても充分生活できるし、そっちのほうが心穏やかに過ごせるんじゃないかなぁ。 周りを少し暗くしてみると、今度はパソコンのディスプレイやケータイ、冷蔵庫などの 照明もまぶしすぎることに気づきます。 いま、わたしのパソコンは最低レベルの明るさで、携帯のバックライトも最小時間しか つかないように設定してるけど、な~んの不自由もないですよ。 夜もまばゆいネオン輝く街、明るいニッポンこそが繁栄の象徴。 だから、照明も「よくみえること」「鮮明さ」を求めてどんどん明るくなっていったの かもしれませんね。 でも、その代償に「居心地」や「親密さ」みたいな暗闇ならではのよさが失われてしまう。 そう思わずにはいられません。 病室にあったような、照度を調節できる照明がいえにもあったらいいなー。 でも、間接照明をいくつか組み合わせて、用途によって明るさを調整するのも ひとつの手ですよね。エコにもなるし。 入院してちょっと得したわたしの発見のひとつ、です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|