|
カテゴリ:読書日誌
星の翁・野尻抱影の『星座巡礼』から 【スピーカ】 春の静かな黄昏に、この星が柔い純白な光にきらめくのを眺めると、胸の底まで浄められたような気がします。広い天上にもこれほど純潔な印象を与える星はありません。清らかな練衣を纏い、つつまし気に祭壇に立つ処女、その名をこの星座に与えているのも、スピーカの光に因るものに相違ありません。 古代エジプトでは女神イシス、バビロニアでは女神イシュタル、ギリシャでは正義の女神アストレア、ローマでは農業の女神ケレースの化身であり、他の諸民族もその名称こそ異なれ、等しくこれを清浄無垢の象徴として仰いで来たのです。 こうしてスピーカの光には、あらゆる時代、あらゆる国民が寄せた憧憬を想わずにはいられません。スピーカは「麦の穂」のことで、星座の画では女神が左の手に持つ穂の先に位しています。日本で言う「真珠星」の名も、よくこの星の光を見ています。 【王子さまの星】 すっかり清掃された宮城内の焼跡は、三月初めの星明りの下に白じらと浮き上がっているように見えた。侍従の一人が、「殿下、お好きな星を先生に申し上げてごらんになりましては」と言うと、学習院の制服の義宮さんは無言で空を見上げられた。オリオンがやや南中を過ぎ、その下にシリウスがぎらぎらと煌めいている。私は言下に「オリオン」と言われるのを予期していると、しばらく無言がつづいてから、「乙女座のスピーカ」と独語のように言われた。「まだ、昇っておりませんが」と私もつぶやいて、銀座の方向の町あかりに眼を送りながら、その星の白い清浄な光を思った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.05.27 15:30:11
コメント(0) | コメントを書く
[読書日誌] カテゴリの最新記事
|