再びクロの話
お客様へ 28日夜、この遊卵画廊のコメント欄に奇妙な書き込みが連続して行われているのを見ました。誰かと誤解しての嫌がらせなのか、私に対するストーカー行為なのか。いずれにしろ、さっそくしかるべき所に連絡し、私はこの書き込みとアクセス記録を証拠としてMOに保存して行くことにしました。 ここをお訪ねになるお客様は御不快と思いますが、証拠保全のため削除しませんので、よろしくお願い申しあげます。---------------------------------------------- 先日、わが家の猫たちの初代の母猫、クロの長女出産の話を御紹介した。それを読んでくれた古くからの友人が、メールをくれて、猫たちの写真を送ってほしいと言ってきた。それでとりあえず3,4点選んでいたら、クロの写真も出てきた。 その写真のクロは利口そうな可愛い顔をこちらに向けているのだが、左の目が全体に緑色で目の中に光彩がない。フラッシュライトのせいも少しはある。しかし、じつはあの出産から数年たって、原因不明の大病に陥った。そのときの高熱によって、水晶体が溶けてしまったのである。 きょうはその話を書いてみよう。 急に食欲がなくなり、風邪をひいたかと思っていたら、たちまち骨と皮になってしまった。発汗のため毛は濡れて、文字通りボロ雑巾のようだった。あわててダンボールにタオルケットを敷き、自転車にのせて近くの病院に運んだ。獣医は一目見るなり危惧をかくさない。脱水症状がはなはだしく、とりあえず点滴をすると言った。しかしその針がやせこけたクロの腕にはなかなか入らなかった。クロの呼吸は異常に早く、診察台の上で介添えさえ必要なく、濡れた黒い泥のかたまりのように横たわっていた。呼吸の動きがなかったら、まさに何か得体のしれない物体だった。 「おきのどくですが、今晩一晩もつかどうかだと思います。体温がどんどん下がっています。」 「そうですか。わかりました。私、このまま家に連れて帰りますが、私がやれるかぎりの手をつくしたいと思います。先生、私に必要な器具をおかしください。また、先生がこれとお思いになる薬をください。それから、今晩もったら、次はどうしたらよろしいでしょう。」 「朝と夕方、1日に2度ここへ連れてこれますか?」 「もちろん、まいります」 医師は、保温器やエリザベス・カラーや栄養剤、解熱剤、そのほか必要なものを貸してくれた。 「クロ、お家に帰るよ。クロは強かったものね。治る、治る。」 医師はダンボールや医療器具をかかえた私を、不思議なものが通るように、自ら玄関のドアを開けてくれた。 私は自室の床に私の寝床をつくり、枕許にクロが入ったダンボールをおき、24時間の看護が始まった。クロは一晩もった。二晩もった。已然として危篤状態がつづき、私はクロの両目の水晶体がへっこんでいるのに気がついた。医師に報告すると、高熱のため溶けてきたのだと言う。体熱で目がとけてゆくのを、私は初めてまのあたりにした。 しかし、クロはほんとうに強い猫だった。「危機を脱出したかもしれません。私には、奇跡的としか思えません。あなたの精神力のように思います。」 半月ほど経って、医師は言った。 「あの子は、生きたかったのです、きっと」 とはいえ、クロの体力は、まだ立つことさえできなかったし、骨と皮のような様子も変りがなかった。熱が下がったので、目の融解はとまった。右目は中央部に白い斑点ができ、左目は完全に濁ってしまっていた。後年、私は、クロの右目が見えているのかどうか気になったものだが、こればかりは、聞いて答えが返ってくるものでもない。 私とクロとの二人三脚の闘病は、じつに3ヵ月におよんだ。マグロの刺身や牛肉をすりつぶして、指で喉に押し込んでやる。溶き卵や牛乳を注射器で飲ませる。時間をかけ、ゆっくりゆっくり。もちろん喉に入れようとすると、牙で私の指を噛む。私の指は傷だらけだった。絆創膏をまきつけてもやはり穴があく。それでもクロにそれだけの力がでてきたのだと私は思った。 クロがすっかりもとの体格をとりもどしたとき、医者は讃嘆の声をあげてくれた。「私たちは、しばしば飼い主と動物の深いきずなを感じる例に出会いますが、クロちゃんの場合はまさにそれです」と。 昔からの友人へ送る写真のなかに、クロの一枚は入れなかった。だって、クロだって女の子だもの、左目がライトで緑色に光った写真なんて、イヤだよね?