山岸教授のセミナー
東京薬科大学でのセミナー、第2部は細胞機能学の山岸明彦教授による『地球最古の生命を探る』。先生のご研究は、第1部の神藤教授のゲノムをめぐる研究と密接な関連がある。 先生ご自身の紹介によれば、次のようである。 今から45億5千年前、地球は誕生した。そして、今から約40億年前に生命が誕生した。38~35億年前の岩石中に、生命の痕跡が見つかっている。ただし、当時の生命がどのような生き物であったのか、当時の化石からは良くわかっていない。化石からは明らかにならなかった最古の生命の痕跡が、海底熱水噴出孔周辺にすむ生物や最古の生物の遺伝子を調べることにより、全生物の共通の祖先は80℃以上の熱水中に生育する超好熱菌であることがわかってきた。なんとか当時の生き物を生き返らせることはできないか。----これが、現在山岸教授が国家プロジェクト‘Archaean Park Project’の一員として研究されていることである。 地球に原始海洋が形成されたのは40億年前と推定されているが、それがわかるのは、最古の岩石の発見による。カナダ北西部の40億年前の地層から採集されたアカスタ片麻岩がそれである。この片麻岩は40億年の間に変質をこうむっているのであるが、花崗岩と堆積岩からできていて、この2種の岩石ができるためには水が必要なのである。そこで海が存在したであろうと推定されるのだ。 最も古い生物細胞の化石は35億年前の岩石から採取された。深海底に生き物がいた証拠であるとされたが、しかしはたして深海底であったのか。そこで深海底の地層を調査された。第1期層-第2期層-第3期層といわば水平に堆積する岩盤に枕状溶岩(変質玄武岩)に添って垂直方向に立ちのぼるシリカ岩脈と呼ばれることになる岩脈が発見される。これは深海底のさらに深いところにある熱水の噴出孔の痕跡であった。350℃以上の深海底熱水には玄武岩に含まれる鉄やマグネシウム、マンガンや硫黄、カルシウム、銅、水素などが溶解していて、もしこの熱水を好み、硫黄を好む生命が存在していたとしたらどうか。 先に述べた国家プロジェクト‘Archaean Park Project’は、この仮説を検証し、超好熱菌を採集するためのもの。地球物理学、地学、地球化学、微生物学の共同研究である。 このプロジェクト・チームは現在、マリアナ海溝と日本海海溝で深海底熱水孔を調査している。日本海溝は七曜海底火山のうちの水曜火山口(深度1400m)に掘削孔をあけ、掘削孔から湧き出る熱水を採集するのである。この熱水をフィルターで濾過して微生物を集める。さらにDNAを抽出して〈16S rDNA〉の連続解析をするのである。 この調査により熱水中には非常に古い菌がたくさんいることが判明した。マリアナ海溝から取れた超好熱菌は1mmの1/1000。これらは熱水のなかで水素と硫黄を食べているのである。 しかしながら、これらほとんどの菌は培養できないので、どういう条件で生育するかがわからないのである。山岸明彦教授の研究室では深海底熱水孔と同じ環境をつくってみようというコンセプトにもとづいて、研究室内に熱水環境を再現。超臨界熱水循環装置を使って培養実験をしているという。 山岸教授はこの結果が、失敗と出るか成功と出るか、1年後になるか10年後になるか、その結果を私たちに報告する機会をもちたいとおっしゃていた。 ところで先に述べた今から35億年前の最も古い生物細胞の化石(約40ミクロン;4/100mm)は現存するシアノバクテリアにかなりよく似ているのだが、じつはシアノバクテリアか化学合成細菌か、はたまた非酸素発生型光合成細菌か、どれだか分っていない。しかし遺伝子を調べると昔のことが分る。つまり、生物の体はタンパク質でできている。タンパク質は精密機械のような物質で、人間の場合約2万種のタンパク質からできているが、これが厳密にちがった形をしているのである。しかもタンパク質はアミノ酸が並んでできているが、そのアミノ酸はわずか20種なのだ。2万種のタンパク質それぞれが20種のアミノ酸の決まった順序で構成されているのである。 ちょっと山岸教授が例示したタンパク質(ヘモグロビン)のアミノ酸配列を掲げてみよう。 ヘモグロビン遺伝子:アルファベットはアミノ酸の種類ヒト VLSPADKTNVKAAWGKVGAHAGEYGAEALERMFLAFPTTKTYウマ VLSAADKTNVKAAWSKVGGHAGEYGAEALERMFLGFPTTKTYコイ SLSDKSKAAVKIAWAKISPKADDIGAEALGRMLTVYPQTKTY この3種の生物のヘモグロビン遺伝子を縦に見比べてゆくと、どのアミノ酸の種類が違っているかがわかる。たとえばヒトとウマを比べてみると、4番目に違いがある。それからずっと同じで15番目でまた違っている。19番目でまた違い、35番目でも違う。この4カ所の違いがヒトとウマとを分けているのだ。 ところでこの共通と差違を多種類の生物で比較してゆくと、全生物の進化系統樹ができあがる。つまりアミノ酸配列がどこで違ったかをたどってゆくと共通の祖先に行きつくというわけである。その祖先PからあるときコイとPXとに分岐し、次ぎにPXからウマとPXXとに分岐し、次いでPXXからヒトが発生したと考えられる。 山岸明彦教授の研究にタンパク質工学という分野がある。これはどういう研究かというと、いろいろな遺伝子のアミノ酸配列を比較して、祖先型アミノ酸配列を推定する。そしてその祖先型のアミノ酸配列を持つタンパク質(祖先型タンパク質)を作り出そうというのである。 どういう方法でそれをするのか? 教授によれば次のようにするのだそうだ。 1,元になる遺伝子を祖先型にする。 2,祖先型の遺伝子を大腸菌に入れる。 3,大腸菌に祖先型遺伝子からタンパク質を作らせる。 4、大腸菌をすりつぶす。 5、祖先型のタンパク質を分けてきれいにする。 教授によればこの実験において、最終過程の祖先型タンパク質を分離する技術は、学部の4年生だともうできるようになっているそうだ。 これは簡単に言い換えれば、教育成果が非常に高いということで、優秀な学生たちであるということだろう。新聞報道などによれば、一方で教育成果の底レベル化が進行しているという。国際比較の結果もあまりかんばしくないらしい。そういう一般の教育成果と、医学・薬学をふくむ理工系の較差はいかなるものなのだろう。私が直接見聞したある大学生は、リットル(l)ということばが容積を表わす単位であることを知らなかった。1l(ワン・ライン;1行)をワン・リットルと読んでいたのには仰天してしまった。こういう例を見聞するのが日常茶飯事なのだ。どうなっているのだろう、この国は。 と、余計なことを考えてしまったが、そういうわけで、地球生命の起源と初期進化をめぐる研究は、現段階では、全生物の共通の祖先は超好熱性であった可能性が高いことが分った。しかし化石と共通の祖先が同じかどうかは分らない。したがって生命の起源はまだわからないのである。 一昨日の山岸明彦教授の講義を復習してみたが、先生ありがとうございました。時間が足りなく感じたほど面白かったです。