アメリカ挿画の市価
昨日ご紹介した尾崎俊介著『紙表紙の誘惑』には表紙絵についての言及もあり、たとえばロバート・ジョナスやジェイムズ・アヴァティについては比較的詳しくのべられている。尾崎氏はアヴァティがNAL社シグネット版のマイロン・S・コーフマン著『神様によろしく』に描いた表紙原画を愛蔵しているそうで、アヴァティに対する思い入れも伝わってくる。私にとってはやはりNAL社におけるミルトン・グレイザーの名前は懐かしかった。というのは、1980年代の私の仕事が国際的に高く評価され、画集形式の国際年鑑5册にミルトン・グレイザーと一緒にリプリントされているからである。私はデビューしてまだ10年そこそこの頃であったから、すでに歴史的評価がでていたグレイザーや、マーク・イングリッシュや、フレッド・オットネスや、バーナード・フックスや、ボブ・ピークや、ロバート・ギュスティや、ブラッド・ホランド等々、名前を挙げたらきりがないほど、錚々たるアーティストと同じ画集に掲載される喜びは大きかった。ミルトン・グレイザーの都会的なハイセンスに感心しながら、なんとかそれを学んで別のかたちにしたいと思ったりもした。 ところで尾崎氏は偶然の機会からアヴァティの原画オークションに参加できることとなり、幸運にも上記の作品を入手したという。 ニューヨークのソーホーにアメリカ人イラストレーターの雑誌挿画や表紙絵の原画を専門にあつかっている画廊がある。日本にはこのような画廊はない。私の手許に今ある資料は15年前のものしか残っていないが、いったい幾らくらいの相場か、御参考までに示してみよう。 エドウィン・オースティン・アビー(1852-1911)、“Much Ado About Nothing”(何の苦もなく)のための油彩画。125,000ドル。15年前の1ドル/150円のレートで18,750,000円だ!。 フランクリン・ブース(1874-1948)、“Harper's”誌に掲載のJ・オッペンハイムの小説‘The New Generation’(新しき世代)のためのペンとインクによる挿し絵。大きさ約38cm×24cm。3,500ドル。525,000円。 フランク・E・スクーノヴァー(1877-1972)、“Harper's”誌のための挿画、大きさ10cm×20cm、ペンとインク。1,800ドル。270,000円。 ハービー・ダン(1884-1952)、“Saturday Evening Post”のピーター・B・キーンの小説「地の塩」挿画、油彩、40cm×98cm。9,200ドル。1,380,000円。 フィリップ・R・グッドウィン(1882-1933)、「燃える足跡」という小説のための挿し絵、油彩、71cm×48cm。14,000ドル。2,100,000円。 ウォルト・ラウダーバック(1887-1941)、小説「燃えるガレオン船」の挿画、油彩、87cm×51cm。9,500ドル。1,425,000円。この作品は、ニューヨーク・イラストレーターズ協会主催の展覧会「イラストレーションの1世紀」に展示された。 みななかなかの高額で、エドウィン・アビーが18,750,000円というのには驚くが、比較的入手しやすい価格の作品もないわけではない。たとえば、 ヘンリー・ローリー(1880-1944)のインクと水彩の作品、大きさは29cm×22cmで450ドル、67,500円だ。あるいはサタデー・イブニング・ポスト紙の小説挿画、鉛筆に赤と黒の水彩、33cm×50cmが400ドル。60,000円。 こうして見てくると、いわゆるファインアートと一線を画すイラストレーションではあるが、アメリカ文化のなかで根強い人気のコレクター・アイテムとなっていることが分る。いやいやそればかりではない。挿し絵というと通俗的で一段低く見るひとたちがいるけれど、それは世界を知らずに暮している人達であって、たとえばアメリカ人イラストレーター、セイモワ・クワストは、現代のグラフィックアートのリーダーとして、ルーブル美術館が特別展覧会を開催して讃えるほどなのである。 イラストレーションというのは商業美術であるから常に時代を切り開き、最先端を走らなければならい宿命なのだ。それゆえ流行り廃れの波にのみこまれて消えてゆく運命もまたある。しかし私たちはいつのまにか知らないうちに、巷に氾濫するそうしたイラストレーションによって自分のものだと思っているイメージを操作され作り上げられていないとも限らない。アート系の専門学校等でマンガを描いている生徒たちの絵をご覧になれば一目瞭然、1000人いれば1000人がまるで区別がつかないような画風である。これがたとえ1万人になったところでたいした変りはしないだろう。気が付いていないのだろうが、それがエスタブリッシュした先人の絵の力なのだ。通俗(ポピュラリティー)というのはそういうことだ。ゆめゆめイラストレーションをみくびってはなるまい。アッハッハ!