モーツァルト11,234頁
モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart;1756-91)は、その35年の生涯におよそ800曲を作曲した。現在『モーツァルト全集』といわれている楽譜集成は、127巻、研究・解説が含んでいるものの全11,234ページという厖大なものである。 研究家ならいざ知らず、モーツァルト演奏を得意とする演奏家でも、この11,234ページをすべて繙いたひとは滅多にはいないかもしれない。じつはザルツブルグ国際モーツアルテウム財団が生誕250年を記念して、この11日からインターネットでこの全集を無料公開している。個人使用に限ってなら、プリントすることも可能だ。なんとも懐の深いサーヴィスで、文化的な成熟を思い知る。 私は多忙にもかかわらず、時間を割いては、好きな曲の楽譜をながめたり、プリントしたりして楽しんでいる。プリント・アウトした楽譜をみながら手持ちの音盤を聞こうと思っているのだ。ピアノ・ソナタについてはレコードで全曲所持している。この楽譜はすべてプリントして2册の本に仕立てた。厚さ4cmにもなった。 ほかに『レクイエム』のモーツアルトによる断片集も製本した。断片とはいっても厚さ7mmはある。 1798年に書かれた三大交響曲、『第39番変ホ長調』(K543)、『第40番ト短調』(K550)、『第41番ハ長調』(K551)、そして文字どおり最後の『鎮魂ミサ曲(レクイエム)』(K626)はもちろんだが、私の好きな曲を少しあげてみよう。 ピアノ協奏曲『第20番ニ短調』(K466)、同『第23番イ長調』(K488)、『第27番変ロ長調』(K595)。 『クラリネット協奏曲』(K622)。『弦楽五重奏曲ト短調』(K516)。 ヴァイオリン・ソナタ『ト長調』(K301)、同『ホ短調』(K304)、同『ヘ長調』(K376)。 『弦楽三重奏のためのディヴェルティメント変ホ長調』(K563)。 楽理がわかるわけでもないが、優れた曲というのは楽譜がヴィジュアル的にとても美しい、というのが私の感慨である。たとえば『レクイエム』の‘Recordare’にしろ‘Confutatis’や‘Lacrimosa’にしろ、ヴォーカル部分はじつに単純と言ってもよいような音列である。しかしそれが演奏されると、なんと清らかで高貴な美しさなのだろう。私は‘Lacrimosa(涙ながらに)’のパートにいたると、いつもしらずしらずに自分の目に涙がにじむのである。 モーツァルテウム財団がいつまでこのサーヴィスをするのか分らないが、11,234ページのあっちを見こっちを見して、「神の愛でしひと(アマデウスのラテン語の意味;後注)」の所業を繙いている私である。 私が製本したピアノ・ソナタ集【注】Amadeusは、ラテン語に由来する男子名。ドイツ語に分解すると、ama( Liebe;愛人)+ deus(Gott;神)となる。 ミロス・フォアマン監督の映画『アマデウス』のタイトルは、したがって単にモーツァルトの実名を示しているのではなく、サリエリのモーツァルトに対する羨望の視点が同時に示されているわけだ。なかなか秀逸なタイトルということになる。