私が惚れた物
職人さんと一口にいっても、その分野はひろい。また、誰それさんの作品と名指しできない、というより地域特産のようにその一帯で製作されるものがすばらしいこともある。たとえば私が愛用している広島県府中のタンスはその一例であろう。ここで生産される家具は一度使ってみると、以後、他に目が移らなくなってしまう。 そのような日用工芸品で、私が惚れてしまったもの、美しく、しかも手ごろな価格で購入できる2,3をあげてみよう。 ●北浜澄子氏(香川県)の一閑張くず篭。 「一閑張」はおよそ500年前に明国から渡来した塗師・一閑が伝えた技法といわれ、竹で編んだ骨組に和紙を重ね張りし、渋柿の汁にひたして乾かすことを何度も何度もくりかえしたもの。じょうぶで、深く美しい飴色になる。北浜氏のくず篭は、形体にデザイン的な技巧があるわけではない。むしろ素朴。しかし、そのおおらかな存在感たるや並のものではない。現在では室内にくず篭を置く生活形態ではなくなったかもしれないが、キッチンの片隅にレジ袋を置いてすましていると、一閑張くず篭はまさに美術的オブジェに見えてくる。 北浜澄子作 《一閑張くず篭》 口の部分を示す ●柴田慶信氏(秋田県)の大館曲げ輪っぱの傘立。 大館の曲げ輪っぱは説明するまでもなかろう。秋田杉の柾目の剥板(へぎいた:薄く剥いだ板)を曲げ、合わせ目を桜の木の皮で綴じてつくる器である。折敷(おしき:角盆)や弁当箱などが一般的で、白木のままのものや柾目の美しさが透けてみえるように絽漆をかけたものがある。柴田氏の傘立は、おおような美しい曲線をえがく楕円形の輪っぱを三段重ねにして、それらを貫いて縦四方に剥板を入れ、水平の合わせ目および上下を幅広の帯状の輪っぱで繋ぎ、渋い飴色の絽漆でふいている。まことに雄々しい、古武士のような風格がある。しかしモダンでもある。すばらしい造形感覚である。 柴田慶信作 《傘立》 ●江藤啓治氏(宮崎県)の竹長椅子。 これはまた何と言ったらよいだろう。割竹をならべて丸竹で押さえた、きわめて直線的なベンチである。一見、技巧なき技巧といった印象なのだが、その毅然とした風格がすがすがしい。よく見ると、じつは繊細な技巧がほどこされている。背もたれ部分に薄く削いだ割竹をならべているのだが、一本一本の中ほどをくびれのように削ってそこで並列につなぐようになっていて、帯状の装飾効果を発揮している。しかもそれは直線的帯ではなく、微妙にゆるゆると曲っている。そのゆるゆるとしたファジーな感覚はその帯の下の部分で一層強調されている。すなわち竹一本づつの両側が、まるで削り方を失敗したかのように抉られていて、それぞれ形も位置もばらばらなのだ。それらを並べることによって、大小さまざまな歪んだ菱形の細い隙間ができることになる。その隙間から光がさしこみ、背もたれに、まるで波間に踊る光の帯のような模様がうかびあがるのである。そっけない四角四面の竹のベンチが、俄然モダンで粋なオブジェになる。見事に計算しつくされているのである。 江藤啓治作 《竹長椅子》 きょうは私が瞠目する3人のすばらしい職人さんの作品を紹介するにとどめるが、いずれも日本のいわゆる伝統工芸をルーツとし、しかし独自の感性で日用品のなかに美をつくりだしている。消費者を欺くことに意をかたむける愚かな経営者たちは、この方々の爪の垢でも煎じて呑ませていただくがよかろう。