W・サローヤン小説の押韻ゲーム
ことし生誕100年になるウィリアム・サローヤン(William Saroyan;1908-1981)は、アメリカ文学のなかで独特のユーモアとペーソスの光芒を放っている作家といわれる。代表作に長篇『人間喜劇』、短篇集『我が名はアラム』、戯曲『君が人生のとき』がある。 このところ私は詩における「韻」について考えたり調べたりしてきた。老化にむかっているであろう我が脳のせめてもの活性化をもくろんで、英語で詩を書き、それが57篇になった。 とはいえ、私の作品はあくまでも「自由なスタイル」であって、伝統的な厳格な韻律で書かれた古典を読むたびに賛嘆している。そのような韻律詩を書くためには、英語を自家薬籠中のものにしていなければならないのは無論だからである。付け焼き刃でできるような生易しいものではない。以前に書いたことだが、英語の定型詩はソネットにしろバラードにしろ、ただ押韻すれば良いというわけではなく、一行一行の言葉の並びの強弱のアクセントが一致していなければならない。それによって、快い言葉の音楽的なリズムがうまれ、朗唱に適うものになる。 「韻」について考えていると、ついついそのような対の言葉に目がゆくものだ。そしてネイティヴ・イングリッシュ・スピーカーはいったいどのようにしてその感覚を磨くのだろうと、単純な疑問がわく。 それで思い出したのが、ウィリアム・サローヤンの『PAPA, YOU'RE CRAZY』だった。この短く、簡単な英語で書かれたエッセイ風な小説は、作家の息子アラム・サローヤンへの前書によれば、息子と父親それぞれ10歳の思い出をミックスして、10歳の少年の視点で描かれている。真に成熟した大人としての父親の慈しみに満ちた息子教育の物語、といってよいだろう。教育を語らず、教育の本質を示唆している稀なる一書と私は思っている(講談社英語文庫に入っているので手軽に読める)。 それはそれとして、この小説の第7章「Toy(玩具)」に、父子が「押韻」遊びをするところが出て来る。 父子はモーツァルトのコンチェルトのレコードを聴いていたのだが、レコードが終りに来て空回りしても、父は何かを考えているのか針を戻さない。そこで息子はそっと針を上げる。すると父が、「キミはどんな音楽が好きなんだい?」と聞く。「The Dodger Song」と息子。父はそのドジャー・ソング(ペテン師の歌)を歌う。歌いおわると父は「押韻」遊びを提案する。 押韻遊び。初めの人が単語を提出し、次の人がそれと同じ押韻の単語を応え、新しい単語を返す。返された人はその同韻単語を応え、また新しい言葉を返す・・・ 小説のなかでは、まず息子が「Dodger」を提出する。それに対して父が「Lodger」と応え「Liar」と返す。次のように。 「Dodger」「Lodger, Liar」「Fire, Ocean」「Motion, Lazy」「Crazy, Tide」「Ride, Time」「Crime, School」「Rule, Sleep」「Deep, Dream」 父親の「眠り」という言葉に、息子は「深い」と応え、「夢」と返す。「いいアイデアだなァ」と父は感嘆し、「さあ、もう寝ることにしよう」と言う。 言わなくてもよいことなのだが、「Ocean」に対する「Motion」という応えに疑問を抱いた人はいないだろうか。いずれも日本語になっている言葉、「オーシャン」と「モーション」。これはズルじゃない? ・・・じつは日本語としての発音のちがいであって、英語では「Motion」の頭のM以下は同じところにアクセントがある同じ発音、したがってこの対の言葉は押韻関係にあるのである。 押韻(Rhyme)というのは、対になった言葉の始まりの音が異なり終りの音が一致するものを指す。したがって、たとえば「soar」と「sore」とは押韻ではない。なぜなら、スペルこそ違うが、始まりの音も同じなら最後の音も同じ発音だからである。「ailing」と「thing」はどうだろう。この対の言葉は、アクセントがどこにあるかが問題で、「ailing」は「ail」にアクセントがあり、一方、「thing」は「ing」にアクセントがある。したがってこの対は押韻ではないのである。整理して述べると、押韻とは、頭の部分の発音が異なり、アクセントがかかる母音以下が同じ発音になる対の言葉の関係である。押韻は、視覚的なものではなく聴覚的なものなのだ。漢字の「韻」は、言い得て妙というか、まさに「音」の「員」、聴覚のメンバーということだ。 それでは、サローヤン父子のように、押韻遊び。 初めの言葉は「押韻(Rhyme)」・・・ 「Rhyme - time, date - temperate, life - wife, mother - another, commit - wit, sence - tence, fight - delight, joy - annoy, foe - show, joke - yolk, birth - earth, ground - found, deed - read, write - bright, star - bar, stay - decay, niff - miff, foul - fawl, feed - bead, pill - ill, sad - lad, boy - toy, protect - respect 」etc.