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山田維史の遊卵画廊

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2008年06月の記事

全28件 (28件中 1-28件目)

1

プライベート・タイムにつき

　きょうは一日中、完全にプライベート・タイム。したがってこの日記にも何も書きません。お客様、あしからずお許し下さい。

Jun 30, 2008

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雨の絵のこと

　雨がはげしい音をたてて降っている。ただいま23時。きょうは朝から小止みなく降っていた。私は仕事もせず、音楽を聞き、コーヒーを飲みながら臼井隆一郎著『コーヒーが廻り世界が廻る　―　近代市民社会の黒い血液』（中公新書）を半分ほどまで読む。　雨といえば、欧米の絵画史のなかに雨を描いた作品をとっさには思い出さない。風景に注目した最も早い画家はレオナルド・ダ・ヴィンチだろう。ウィンザー城王室図書館所蔵のいわゆる「ウィンザー紙葉」のなかに、有名な「洪水」の研究スケッチとともに「アルプス山麓の渓谷を襲う嵐」がある。雲塊のなかから激しく降り注ぐ無数の「線」は、雨であろう。このダ・ヴィンチの素描に良く似た素描がオランダ絵画にある。巨匠ロイスダールの弟子だったらしいとしか分っていないメインデルト・ホッベマの「雨の風景」。エルミタージュ美術館が所蔵し、かつて日本で展観されたことがある。・・・しかし、これ以外には思いださない。　日本には安藤広重の「東海道五十三次・庄野」、「名所江戸百景・大はしあたけの夕立」は、誰でも御存知。この2作品は、雨の絵としては世界に冠たると私は思っている。ダ・ヴィンチの素描の比ではない。断然すぐれている。ほかにも広重には「東海道五十三次・大磯・虎ヶ雨」や「近江八景・唐崎夜雨」がある。　そして鈴木春信の「雨夜の宮詣（見立蟻通明神）」も良く知られた浮世絵。春信には「風流うたひ八景　絃上の夜雨」や、シカゴ美術館が所蔵する「夕立図（明和二年絵暦）」、オパーリン大学美術館所蔵「平家物語油坊主」もある。また、慶応義塾大学が所蔵する「風俗四季歌仙　神無月」は室内図だが画面左、濡れ縁の奥に斜線で表現されているのは雨である。絵の上部の雲型のなかに次の歌が書き込まれている。「偽りのなき世なりけり神無月たが誠よりしぐれ初けん」と。下の句、「時雨れそめけん」と読む。　『安政風聞集』という冊子のなかには、安政の大風雨の被害と復興を描いた挿画が色摺見開ではいっている。そのなかに築地の西本願寺の本堂が雨中に崩壊する図がある。　鳥山石燕の「画図百鬼夜行」は化け物・幽霊画として有名だが、そのなかの「姑獲鳥（うぶめ）」は雨中の図。同じく幽霊画で歌川豊広の「桑名屋徳蔵廻船咄」の「船幽霊」は雨の場面である。多いというほどではないにしろ、なぜか幽霊画には雨の場が在る。葛飾戴斗「昔語茨の露」、あるいは北尾重政「復讐安積沼」は雨嵐のなかに小幡小平次の幽霊が登場する。　現代日本画には瓦屋根に雨滴の跡を描く福田平八郎の「雨」（1953年、東京国立近代美術館蔵）が、鮮烈な印象を残している。　映画では欧米作品のなかには優れた雨のシーンが多い。ルイス・マイルストン監督『雨』、スタンリー・ドーネンとジーン・ケリー共同監督のミュージカル『雨に唄えば』、リチャード・ブルックス監督『雨の朝巴里に死す』、シドニー・ポラック監督『雨のニューオリンズ』、ジャン=ポール・メルヴィル監督の『リスボン特急』の素晴らしいファースト・シーン。そうそうウィリアム・ワイラー監督の『コレクター』にも雨のシーンがあった。映画だとたちまち沢山の作品を思い出すのに、絵画はどうもそうはゆかない。ほとんど皆無に等しいかも知れない。おもしろいものだ。ここから何が分るだろう？　この考察はまたのこととしよう。【追記】　シルフさんがコメントでウィリアム・タ－ナ－の「雨、蒸気、速度」を指摘してくださった。画像を掲載しておきます。ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー「Rain,Steam and Speed」(1844):　ロンドン、ナショナル・ギャラリー所蔵

Jun 29, 2008

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やっと作品完成

　午後2時、50号（W90.0×H117cm）の作品が完成した。ちょこちょこ、ちょこちょこ描いていたので長い時間がかかった。たいていの作品は、とりかかると集中して一気に進めるのだが、この作品は途中で他のやはり50号の作品とともに1年間も放っておいた。そのうちに別の構想がうまれてきてしまった。　私のすべての作品にいえることだけれど、行き当たりばったり、気ままに筆を走らせることはできない複雑な組成構造をもっている。道路工事のようだ、建築施工のようだと、人に聞かれればいつも言っている。効果として表面に出て来ることを、絵具の層の下の下のところで入念につくりこんである。　たとえば、今回の場合は、セリューズ仕上げをした荒目キャンヴァスの表面を軽くヤスリをかけて荒し、下地塗をしっかりなすりこんで乾燥させる。そこにもう一度、ないし二度、タッチをほどこしながら塗りを重ね、ふたたび乾燥。つぎに上2/3に隙間なく純金の金箔を貼り、もったいないことだけれど調子を変えるために部分的に銅箔を貼る。そのまま銅箔が錆びて色彩が変化するのを待つ。その間に、下1/3の下地を作りはじめる。といっても、今回、この部分はほぼ最終仕上げちかくまでもってゆくので、慎重に作業をする。絵具を厚塗りにして、2種類のタッチをパターンにして仕上げる。乾燥をまって、一つのパターンにアルミ箔を貼る。銀箔にしなかったのは、銀が経年変色で黒化するのを嫌ったため。理由は主題の女性裸像（イヴ）をモノクロで仕上げるためで、背景が黒化すると狙いが失効するからである。　以上が準備段階。この上にすでにデッサンし、構図をきめておいた絵柄を写してゆく。写し終ったところで、全体にリタッチング・ワニス（ルツーセ）を掛ける。乾いたところで彩色に入る。　まず、上に塗る絵具に化学的変化がおこらないロー・シエナで形体を起しながら下塗りする。その後に、バーント・シエナで陰影のニュアンスをつける。指触乾燥させる（指で触ってもベトつかない程度の表面乾燥）。　次からはそれぞれ対象物の固有色（もしくは作品全体のイメージ色）にすべく、色を塗り重ねてゆく。絵具そのものがもっている物質美を損なわないようにするため、（私は）あまり混色をしない。原色を乾いたら塗り乾いたら塗りする繰り返しによって、絵具の透過効果によって対象色を描出してゆく。　さて、今回、女性ヌード像をモノクロで表現した。10年ほど以前から、人体だけをモノクロで描出してゆくことをしている。これは生命が初めから死を内蔵しているのだということ、死に向って生きているのだということを表現したいからであった。私は自分の絵においてファッションにはまったく関心がなく、というよりも、とりあえず個々の人ではなく「人類」という、普通なら「抽象化」されてしまうことを、私自身の問題として表現したいのだ。それで、アダムとイヴという主題にとりかかったのだが、言うまでもなく、この私のアダムとイヴはキリスト教のなかで徹底的に痛めつけられているアダムとイヴではない。智恵をもとめ、自律し、セクシャルに死までの生命を謳歌しようとする男と女である。彼等は「神」の手を拒否する。　今回のイヴを仕上げるにあたっては、とかくモノクロだと存在感が希薄になってしまうことが予め想像できたので、それを克服することに全力を傾注した。　白5色、黒5色によってつくったグレーの階調を何度も何度も重ねることによって、グレーのなかに豊かさをみつけようとした。　5色ずつの白と黒とは、物質的な特性も色味もことなる。それを人体の、それも女性の肉体にあらわれる微妙な陰影の表現に役立てようとしたのだった。陰影を濃く浅くメリハリをつけると、いかにも強い像が描出されるのだけれど、私はそのような濃淡の強調はやめようと考えた。淡く優しく・・・そう考えたので、「強さ」「存在感」を出すために苦労することとなった。　とにもかくにも、ようやっと完成にこぎつけた。数日眺めて、最終的な筆をいれることにしよう。絵肌が本当に落着くには6ヶ月以上かかる。そのとき初めて私の絵は、私の空想から、物質へと変化するだろう。

Jun 28, 2008

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4年物の果実酒

　朝食後に、4年前につくってそのまま寝かせておいた洋梨の果実酒の封を切って飲んでみた。ほのかに甘いトロリとした酒になっていた。　我家には16年物の梅酒や枇杷酒が大型の果実酒容器に6,7本ある。もっとあったのだが、以前、末弟が家族をつれて訪れたときに持たせてやった。私は酒を飲まなくなってもう長年になるので、果実酒も手付かずのままになっている。父の生前、ときどきショット・グラスで食膳にのせていたのだが、父も酒を飲む人ではなかった。　そんなわけで、4年前につくった洋梨酒が最後につくった果実酒になっていた。これを仕込んだのも、弟が食べきれないほど沢山の洋梨をくれたので、コンポートにしても日もちしないので、果実酒にすることにしたのだった。　アレレ、酒を断っていたせいか、少しヨッパラっチったゼイ！　ウイ～ッ、シシ仕事はどうする気デイ！　てやんディ、ウイ～。　みなさん、ちょっくらゴメンくださいヨ～～、ウイ～ッ！！　（なんで突然江戸っ子になるんだ？）

Jun 27, 2008

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百合・猫・作品

　先日、22日、雨降るなかで庭の百合が咲いた。この百合を植えてからもう7,8年にもなる。球根を上げもせず、土中に放りっぱなしなのだが、毎年良く花を咲かせる。丈75cm、レモン色の花の直径は16cmほど。一本の茎に三つの花をつけている。なんという名だったか忘れてしまったが、所持している2册の「百合図鑑」には出ていない。尤もこの図鑑は、一つはニューヨークで刊行されたものだし、もう一つはロンドンで刊行された王立キュー植物園の百合の図鑑である。そして、園芸植物は品種改良がはげしく、新しい品種をつくっては名前をつけるので、図鑑に収録するいとまもないと言えよう。　きょうも朝方は雨が降っていた。雨が降ると、なぜか庭の草花は倒れたように身を横たえる。百合もすっかり倒れていたので、支柱を立てて、茎に2箇所ゆるく紐をかけた。　花の種類によって、日暮れとともに花を閉じてしまうものと、開いたままのものがある。百合は夜になっても暗闇のなかで花を開き、芳香を放っている。夜に活動する虫に花粉を運ばせようというのだろうか。　ちなみに、キリスト教文化圏では白百合が聖母マリアの純潔のエンブレムになっているが、この百合は‘L. candidum’という種類で、こんにちでは「マドンナ・リリー（Madonna Lily）」と呼ばれている。昨年、東京国立博物館の「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」において展観された『受胎告知』にも、大天使ガブリエルがマリアに白百合を捧げて描かれていた。その百合が‘L. candidum’である。さすがにレオナルドは、この百合をきっちり観察して描いていて、花の形状、蕾みの付き方、葉の形状や付方、すべて植物学的な正確さで表現されていた。いや、むしろ事は逆で、レオナルドの絵から近代植物学で言うところの‘L. candidum’と同定できるのである。閑話休題　朝の雨は、降ったり止んだりしていたが、とうとう日が射すことはなく寒い一日だった。暑がりの私にはちょうどよかったけれど、机に向った私の膝に猫のマスクが抱っこして、するうちに人間の赤ん坊のようにコックリコックリやりはじめた。私も赤ん坊をあやすように、尻のあたりを軽くポンポンと掌でたたいていたが、やがてその私の腕に顔をうずめるようにくっつけて眠ってしまった。すやすやと温かい鼻息が腕にかかる。可愛いものである。　そんなわけで描きかけの筆をやすめて作品をためつすがめつ眺めていたが、もう少しで完成となろう。明日か、明後日か・・・。　ずいぶん長らく製作してきた。終りはパタパタとやってくる。ここを描けば終りだというのではないのだが、とにかく「終った」と思う瞬間があるのだ。そのときが近づいているという予感がする。なんという題名にしようか・・・、『黒髪のイヴ』にしようかな・・・。

Jun 26, 2008

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廃坑利用計画について忠告

　雪害によって旧八総鉱山小学校の体育館が倒壊したことを書いた。それで思い出したことがあるので、忠告の意味でそのことについて書いておく。　過日、といっても3年くらい前だが、インターネット上に「八総鉱山の廃坑を、果実や農作物の保存庫として利用できないかと計画している」旨の記事をみつけた。記事を書いたのは農業従事者らしかった。　田島町と実際に交渉していたのかどうか知らぬが、その後、この人の計画はどうなったものか。　その人がこの私のブログを見るとも思えないが、一応、忠告しておきます。　大変危険ですからおやめください。　八総鉱山の鉱山学的特徴は、第三期古生層の黒鉱型交代鉱床である。第三期層の新しい地層に黒鉱型交代鉱床が存在するのは世界のなかで日本だけで、しかも福島県以北にしか存在しない。八総のほかは花岡（秋田県）、小坂（秋田県）、安部城（青森県川内町）、余市（北海道）などが鉱山学的には同型である。　ところで、この型の鉱床は軟質で、落盤を起しやすいのである。たしかに鉱床以外は凝灰岩で硬い岩盤がとりかこんでいるのであるが、とにかく鉱山学、それも実際の採掘学や坑道構築技術の専門家以外の人がこの廃坑に手をつけるべきではない。　田島町関係者もよくよく心されることを願います。たしかに町起しのためには魅力を感じる計画と思われるかもしれませんが、大変危険です。　旧八総鉱山が人身に被害がおよぶ落盤事故が一度もなかったのは、軟盤対策としての支柱工法が実に入念におこなわれたことと、たえず音響調査が鉱山法にもとづいて潤沢な資金のもとに実施されていたからです。　たぶん他の鉱山の廃坑をこのような貯蔵庫として利用している例があるのでしょう。しかし、くりかえしますが、それは八総鉱山とは岩盤の質がまったくことなるから可能なのです。このことをお忘れにならないように。　ここに、あえて忠告しておきます。

Jun 25, 2008

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八総鉱山小体育館倒壊

　まことに残念。とは、旧八総鉱山小学校のこと。ここ数日来、八総鉱山に閉山のときまでいらした方から連絡を頂戴し、昨日のメールに、「八総鉱山小学校の体育館が倒壊しました」とあった。体育館（兼講堂・映画館）は柱のない構造のため、築50年経過して雪の重さに耐えられなかったのだそうだ。　校舎のほうは幾たびか保養施設等に転用されてきたので、木造外壁がトタン張り塗装で補修されていたようだ。そのため、じつは昔日の面影をしのぶことができる外観ではなかったのだが、しかし私たち同窓生にとっては、残っているだけで何か心のよりどころのような感慨があったのである。　体育館が補修されず、いずれ倒壊するだろうという話は、風のたよりにつたわってきていた。8年前に撮影した写真がインターネットで公開されていて、それを見るかぎりでも、天井が剥げていたりしたので、早晩風のたよりが事実となるだろうことは私も予想できた。　が、予想していることと、もう無くなったと聞くこととでは、心のもちようがまったく違う。豪雪地帯で無人の木造建築が50年も保ったのは上々なのだろうが、そのような理屈は、喪失感を埋めはしない。実際、こうして書いていても、50年前の様子がまざまざといってよいほど鮮明に目の前にうかんでくる。その生々しさがかえって不思議だ。　子供というのがそうなのか、それとも私個人の問題なのかは分らないが、あの頃、全身をスポンジ状にした感受性で環境の一切合切を心身に染め付けていたにちがいない。私には、いま、何もかもがはっきり見える。そして私はほんとうに学校が好きだった。学校は私の自由な遊び場だった。また、自由な私の道具箱だった。私の好奇心に解答をあたえる設備がととのい、しかもそれらは何の迷いもなく私が勝手に使用できるものだった。私はだれに遠慮しただろう。校長先生のところへ行き、来信の封書にはってある切手をたくさんもらったこともある。映写技士のところへ行き、映画フィルムの切れっぱしをもらいもした。体育館の映写室の、あの熱にうるんだようなフィルムの匂い！　音楽室でのピアノの稽古。　亡父はそういう私を「野生児」と称したが、だとしたら、学校は私の牧場だったのだろう。　私は自分の小学校時代を回想するとき、現代の「登校拒否」や「学校荒廃」、あるいは「教師による児童・生徒に対する性的犯罪」や「子供たちの鬱病」「モンスター・ペアレンツ（怪物的両親）」等々、・・・そしておそらく「モンスター・ティーチャー（怪物的教師）」もいるにちがいない、・・・信じられないというよりは、さもありなんと思うのだ。　なぜかという答をここで簡単に述べることはできないが、たとえば人中で狂的にわが子を殴打する若い母親を目にしたり、スーパーマーケットでありうべかざる行為をわが子に強要してお互いに成功を喜びあっている光景を見、大人たちからどうやってお金を巻き上げるかのテクニックを披露しあう小学低学年の女の子たちを目撃し、教師達のあきれるほど幼稚な言動を見聞きし、・・・都会というのはいろいろな種類の人間がいるのだけれど、こういう光景をまったく身近に見聞きすると、日本の現代社会が根深いところで荒廃しているのだと思わざるをえない。こういう問題は、かぎられた場所での限られた人によるものではなく、社会制度にかならずや「欺瞞」が存在し、それがもはや無意識領域を支配する「文化」となっているからである。　私は自分の子供時代が良かったからそれを社会的に普遍化すべきだなどと言うつもりはまったくない。私の子供時代は豊かな思い出にいろどられているが、それは私個人のもの、私個人の問題である。だが一方で、そういう子供だった私を客観的にみる大人としての私がある。つまり、「私」にとらわれないで、ひとつのサンプルとして抽出し、研究材料にする目である。その子供がどのように自然を理解し、生物を理解し、人間の理解へと結び付けていったか。その過程で「見る」ということが、どういう意味をもっていたか。記録するということ、「書く」ということがどのような意味をもっていたか。したがってコミュニケーションとはどういくことで、どのように成立しにくい問題か等々・・・それらは一個の小学生の日常生活のなかにあり、また学校生活のなかにあったのである。学校生活とは、見えないゆるやかな管理のもとでの、子供の全人格を容認し自由（勝手きままとはきちがえてはこまる）であることの言いにほかならない。すくなくとも小学校とはそういうところでなくてはならないのではあるまいか。　八総鉱山小学校は、私の学校だった。私の自由だった。そこには戦後民主主義教育の出発にあたっての真に新しい教育理念が息づいていたように思う。土着性から切り離された、いわばコスモポリタン（国際人）的な感覚の養成機関だったかもしれない。　築50年経ってついに風土性に耐えきれずに講堂兼体育館が倒壊した一方で、校舎が文明病というべき環境過敏症に苦しむ人たちの療養施設として新たな存続へ出発したということは、私にはなにやらとても象徴的なことに思う。私はこれからそのことを考えてゆくことになろう。

Jun 24, 2008

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火事か？！

　たった今、午後2時半、突然サイレンを鳴らして消防車の疾駆する音。どこかで火事か？と思うまもなく、その音が、我家のごく近所に止った。「エッ？　冗談じゃないぜ」と、聞き耳をたてながら、もしもの場合に病床の老母の搬出をどうするかを考える。　どうやらごく近所のアパートのようだ。我家は少し高台にあるので、仕事場の窓をあけるとそのアパートが見える。のぞいてみると、消防士たちがまさに私の目の下に見える二階の一室の窓に外から伸縮梯子をかけはじめているではないか。通りに目をむけると警察官の姿も見える。　どうも火事ともちがう雰囲気が漂っている。大声の無線でのやりとりも聞こえる。それをここに書くわけにもゆかないが、窓ガラスを破壊しなければならないかなどと言っている。なにしろ私の目の前で事態は展開しているので、私はそのまま見ていた。消防士も私に気がついたけれども、見るなとも言わない。「火事ですか？」と私は聞いたが、大声のやりとりをしているので聞こえなかったようだ。　消防士は窓のサッシをたたいていたが、ガラスを壊さずにすんだようで、靴にカヴァーをかけて侵入した。中から玄関ドアの施錠を解除したらしく、そちらから警察官も入ったようだった。　そとから指示がとんでいて、それがすべて私の耳にも聞こえる。　しばらくして窓から侵入した消防士は出てきた。行動をいちいち下に告げながらカーテンを閉め、窓を閉め、ベランダにロープで固定していた梯子のそのロープを解いて、地上に降りた。報告の内容も聞こえてくる。「生活臭もあります」などと。　30分ほどで全員がひきあげていった。　いったい何事だったのか？　　どうやらその部屋の住人の知人が長らく連絡をとっていたのだが、まったく連絡がとれないので何事か起っているのではないかと、当局に通報したらしい。消防署と警察は、一応、事件の可能性を考慮して侵入調査したというところだ。　私は先日のいつまでも鳴り続けていた目覚まし時計の件が、ちらと思い浮かんだ。もっとも、そのことが今日の部屋の住人と関係あるかどうかは分らない。　町内自治会でたまに議論されるのだが、独り暮らしの老人をプライバシーに抵触しないように住民がケアすることができるかどうかという問題が思い出される。アパートについてはあまり考慮されなくて、・・・つまり学生等をふくめ入出がはげしいので自治会として対応しきれないというわけで・・・私は何度か検討を要請したが、いまだにシステム化されてはいない。今日のような事態に遭遇すると、やはり気掛りではある。　私は、不安そうな老母に、「だいじょうぶ、だいじょうぶ。火事ではなかったようだ。みな引揚げていった」と伝えた。

Jun 23, 2008

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雨の一日食べることばかり

　終日の雨。しばらくぶりに降っているが、大雨洪水警報が出ている地方もあるようだ。どうぞご注意ください。　そんなわけで、日曜日だというのに、家のなかにとじこもって、仕事場にはいっても時々ちょこちょこと筆をもつが、なんだかさっぱり気がはいらない。そのせいでもあるまいが、おやつを食べてばかりいた。メタボリック・シンドロームとは幸い無縁とはいえ、こんなことはめずらしい。福砂屋のカステラを二切れ、マスク・メロン、それから何だ？・・・そうそう天津甘栗、牛乳を入れた紅茶（レディー・グレイ）2杯、トーストしたパンに厚切りのカマンベール・チーズを挟んで食べたなァ。これらはみなオヤツ。このほかにきっちり朝昼晩の食事もしているのだ・・・　こんなことを書いているうちに、ビシソワーズ（じゃがいもの冷たいスープ）が食べたくなった。これは明日だな・・・　

Jun 22, 2008

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百聞は一見に如かずの画家の目

　イラストレーションの現場でままあることだが、自分が見たこともないもの、写真等の資料さえなく、口立てで説明されるか、自分勝手に空想して絵を描かなければならないときがある。できるだけ写実的に、などという注文がつくこともあり、また、描き手としてもそうしたい意識があるときがあり、難渋することになる。絵ばかりは、無理を通して良いものができあがるとは言えない。　江戸時代の絵のなかに、象や獅子（ライオン）や麒麟（キリン）など、作者がまったく見たことがないであろうものが描かれていることがある。どういう状況でそのようなものを描かなければならなかったのか。想像すると、同業者としてなにやら悲哀というか滑稽を感じる。　絵描きというのは、ものごとのそこに存在する仕組みを、とことん見ないではいられない性（さが）を持っているかもしれない。建築の設計士や機械の製図家ととてもよくにた理解をするもので、ビス1本、ネジ1本がなぜそこに使用されなければならないかを、納得ゆくまでじっと観察することになる。「百聞は一見に如かず」とは、画家がいつも心のなかで呟いているはずの言葉だ。　なぜこんなことを書いているか。　このブログ常連のお客様は、お読みになったかも知れないが、先日、八総鉱山小学校のことを書いたところ、八総鉱山におられたという方からコメントとその後の御連絡を頂戴した。そして今日、私は、その方に私が書いた50ページほどの『八総鉱山回想私記』という冊子をお送りした。この回想記を執筆したそもそものきっかけは、03年に、やはりインターネットを通じて、それまでまったく音信不通だった小学校の同級生T君と連絡がとれたことにある。メールを交換するうちに、それまで思い出すこともなかった当時の記憶が、あふれるように甦りはじめたのだった。加えて、父がもう余命いくばくもないと思ったので、八総鉱山の鉱山学的なことを聞いておこうと、病床の枕元でメモを採り、コンピュータに打ち込み、書き上げた分を父に見せていた。　ところが、学術的な理論は口立てで理解できるのだが、採鉱現場の様子、すなわち山の腹のなかに穿たれた基盤地より上方250メートル、下方30メートルにおよぶ坑道の内部の様子、蟻の巣のように縦横に採掘してゆくその現場の様子は、口で説明されてもなかなかイメージが浮かばないのである。250メートルの高さの、わずか1間幅の暗黒のトンネル。そのなかを120センチメートル幅と60センチ幅に板で分けられていて、広いほうは採掘した鉱石を地上へ落すための穴、狭い方には木梯子が岩盤に取り付けられて作業員がヘルメットに取り付けたカンテラの灯りひとつで削岩機をかついで昇り降りするというのだ。250メートルの暗黒の穴をだ。いったいどのように木梯子が取り付けられているかお分かりだろうか。しかもその穴はほぼ垂直とはいえ、鉱床が屈曲しているとその方向に傾きながら掘られているというのだから、ますますイメージがわかなくなってしまう。鉱床というのは、何億年もの昔の火山のマグマの流れが冷えて固まったものだ。したがって鉱山を採掘するというのは、その大昔のそのまた大昔のマグマの流れを追っているわけだ。　父が元気であったなら、私が完全に画像として理解するまで執拗に追究したであろうが、ほとんど死に瀕していたのだから、私も「仏心」を出して（ハハハハ）、追究の手をゆるめた。　そのことを、今、いささかならず後悔しているのだ。　たとえばウィキペディアなどで八総鉱山を検索すると、一応それなりの鉱山学的な説明が書かれている。しかし、ここでも私は父の言葉を思い出すのである。　「八総鉱山の鉱床がどのような形体をしているかというようなことを知っていたのは、当時でも会社のなかに3人かな。そのことは鉱山経営には重要なことでね、埋蔵量をほぼ計算できる。つまりどこをどのように採掘してゆくかということや、設備費や投入人員の数も割りだせるということでね。」　そんなわけで私自身の目で見ることができなかったぶん、私の『八総鉱山回想私記』も詰められたはずのところが詰めきらなかったという思いがある。このたび連絡を頂戴した〈武の郷〉さんにとって、お父上のかつての仕事場を確認する一助となれば、と思いながらお送りしたのではあったが。どうぞ〈武の郷〉さんご自身の記憶で補っていただきたいものである。　

Jun 21, 2008

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ヤクザな短縮符牒ことば

　映画「インディアナ・ジョーンズ」シリーズの最新作が明日から全国公開される。『インディ・ジョーンズ　クリスタル・スカルの王国』。主演ハリソン・フォード、製作ジョージ・ルーカス、監督スティーヴン・スピルバーグ。ヒットメーカー黄金トリオ、19年ぶりの第4作目。　私がこのシリーズに注目するのは、スピード感あふれる大活劇調をつらぬいていることばかりではなく、物語がじつはヨーロッパ文化の地底に脈々と語り継がれてきている伝説に材を採り、1940年代に甦らせているからだ。荒唐無稽な活劇が、欧米人の意識のなかに長い年月つちかわれてきたものを、まるで弦楽器を弾くようにかき鳴らしているのである。そういうしたたかな取材が私の関心をひいてきた。　今度の新作もまたしかり。ニューメキシコの米軍基地がソ連の女諜報員を主謀者とする集団に占拠されるが、彼女が探しもとめている「クリスタル・スカル」は、宇宙の秘密を開示する力をもっているという。　・・・このクリスタル・スカル、すなわち水晶でつくられた頭蓋骨の彫刻は、宇宙の秘密を開示するかどうかはともかく、実際にメキシコ文明史に存在する。精密に加工されたとても美しいもので、現在、世界中にたしか6個確認されている。そのうちの1個が、つい最近の調査でニセモノと判断されたというニュースが報じられたばかりだ。加工技術が現代の技術だと確認されたらしい。逆に言えば、ニセモノがつくられて博物館のようなしかるべき施設が購入するほど、ホンモノは謎にみちた魅力があるということだ。映画のなかの女諜報員のように秘宝を追跡しつづけている人たちが現実にいるのである。　「インディアナ・ジョーンズ」シリーズの製作者たちの嗅覚はまことにすぐれているといわなければならない。第1作『失われたアーク（聖櫃）』は、モーゼの十戒を刻んだ石盤を納めたとされる櫃。第2作『魔宮の伝説』は、シリーズ中でもっともフィクショナルであるが、しかしあそこに登場する光る石は、シバ神を象徴するリンガ（男根像）である。また第3作『最後の聖戦』では聖杯伝説が扱われている。すなわちキリスト最後の晩餐に使用されたワイン・グラスで、その後、十字架にかけられたイエスの血を受けたとされる。この伝説は、例の『ダヴィンチ・コード』に直結して、まさにヨーロッパ・キリスト教文化においては最も古く、最も新しい、つきることない話題のひとつなのである。　さて、じつは私が書きたかったのはそういうことではなかった。ちょっとイチャモンをつけたかったことがあった。お気付きかもしれないが、私は、「インディ・ジョーンズ」と書かず、「インディアナ・ジョーンズ」と書いた。これが正しい題名だから、そう書いているのだ。　このシリーズが始まった1981年の第1作から、日本のタイトル「インディ・ジョーンズ」が気になってしかたがなかった。この短縮名の根拠はどこにあるのだろう、と。字幕ではなく言語を聞いてみても、みなインディアナと発音していて、インディとは言っていない。主人公の名前を勝手に親しみをこめたつもりで縮めたのだろうか。　日本の映画輸入関係者に物申すが、こういう勝手な解釈はいいかげんお止めなさい。先日亡くなった、水野晴郎氏が題名をつけられた『真夜中のカーボーイ』というまったく愚劣な例のように、映画は、のちのち多くの人たちが議論や研究の対象にすることにもなるのだから、愚かな題名にならないよう極力つとめてほしいものだ。なぜ「カウボーイ」ではいけないのだ。「カーボーイ」だなんて、自動車の洗車少年の話じゃあるまいし、発音するだけで胸くその悪くなる言葉の感覚だ。　そんなわけで長いあいだ「インディ・ジョーンズ」という言い方を気にかけていたのだが、さきほど配達された朝日新聞夕刊に、映画評論家・品田雄吉氏が『インディ・ジョーンズ　クリスタル・スカルの王国』を紹介しており、そのなかにこの短縮したタイトルについて言及されているのに目が行った。氏はこう書いている。「インディアナをインディと詰めて言っているのは日本だけらしい」と。　そうだろう、そうだろう。だって、詰めなければならない理由なんて何もないのだもの。　言葉をなんでも短縮する日本の風潮は、まるでヤクザ社会のようではないか。子供たちが大人社会を横目でにらみながらそのような言葉を言うのなら、まだ可愛らしさもある。しかし、子供が言いはじめると、いい大人がこぞって真似をする。テレビも新聞も、雑誌も、なにもかもがヤクザな符牒をとくとくと言う。まったくイヤな感じだ。少なくともマスコミ関係者よ、いいかげんにしなさい！

Jun 20, 2008

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カラ梅雨の良し悪し

　たまっている雑用をかたづけ、返事を出さねばならなかった郵便物4件を書き、雨が降りそうだというので大急ぎで外出した。午後2時に帰宅すると、折しもポツリポツリと雨粒が顔にあたった。「さあ、どうぞ、ザーッと来ておくんなさい」と玄関の扉を開けたのだったが、その後、いっこうに降出さなかった。　6月2日に気象庁は梅雨入りしたと発表した。しかしカラ梅雨といってもよい天候で、農作物の収穫にはすでに被害が出始めているそうだ。一方で、降ると困るのは地震被災地の宮城県であろう。このうえ雨による土砂災害が加わったなら、たまったものではない。　地震の報道がつづくと、寝たきり状態の老母の胸に不安がきざすようで、自分はとうてい逃げられないだろうと思うのかもしれない。朝、顔をあわせると、「ゆうべは地震がなかった・・・」と言う。それには私は、あまりとりあわない。年寄りの不安感は、いちど堰きをきると底がない。　じつは私自身にも別の不安がないわけではない。たくさんな作品が消滅するかもしれない、という不安である。とても持ち出せるものではない。　昔、ボロ家に住んでいたとき、小説家の花輪莞爾氏が心配して、「火災にでもなったらどうするの」と言ってくださったが、それは現在も同様の状況だ。　「小説家は、自分の手元に本が残っていなくとも、どこかしらに1册くらい残っていることを期待できる。でも、画家は、そういう期待ができないね」　親切なのか、刃を突き付けているのか。なんという率直なことば！　しかし、実際のところそのとおりだ。ピカソがある人に忠告して、「1万点以上描かなければ画家とはいえない」と言ったそうだが、これはただ作品の製作量を問題にしているのではなく、言い換えれば、あちこちに「子孫」をばらまいておけということだろう。画家が生き延びるというのは、そういうことでもあるのだろう。　雨が降って良し、雨降って悪し、まるで花占いのようだが地球環境が崩壊するなかで絵描きの作品の存在などどうでもいいことか。　人間が消滅して、およそ1万年くらい経過すると、地球は原始の時代に復くするのだそうだ。

Jun 19, 2008

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黙々と執筆

　終日、ただもくもくと執筆。ほぼ等身大にちかい女性ヌード。仕上げにむかっての微妙な肉付け。あと2週間以内に完成させなければならない。もう少し、もう少し、と思いながら・・・

Jun 18, 2008

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一切が消失すること

　小津安次郎の映画作品は、それまで存在していたものが次第に消えて行くことをじっと見つめている映画であると言われている。家族の離散であったり死であったり、あるいは結婚というかたちで消えてゆく場合もある。　こうした小津作品の底流にある人間観察に思いをいたすとき、私は、じつは八総鉱山のことがちらちらと頭をよぎるのだ。八総鉱山が人々の生活のにおいをほとんど残さずに消えたのは、町から住人が一人去り二人去り、過疎化してついには町そのものがなくなるというのとは全く異なる。我家の場合は、一番早く去ることになったけれども、ほとんどはほぼ一時に去って行ったといってよい。つまりこの聚落はきわめて特殊で、地元（南会津、あるいは福島県という意味）の人は、まったく住んでいなかったので、会社としてその鉱山を閉山するとなれば、いっせいに引き揚げざるをえないのである。のみならず、鉱山施設は立ち入りが危険な箇所もたくさんあり、それらはことごとく安全な状態に復しておかなければならない。坑道は埋め、入口を塞ぎ、万が一にも人が入ることができないようにする。また選鉱所や鉱石運搬用電車の軌道も解体し、広大な沈澱地も埋めなければならない。山頂にあったテレビ塔も解体し、とにかく昨日も書いたように唯一小学校を残して、すべてを、いわばこの地上から消し去ったのだった。小学校が残されたのは、八総鉱山が建設し、会社員子弟のために開校した学校ではあったが、田島町に寄付して田島町の財物になっていたからである。　「飛ぶ鳥、あとを濁さず」というが、まさにそのとおりに、見事に「撤収」したといえる。　　去ったとき高校2年生だった私にとって、この経験は、じつに大きなものとなった。「儚さ」というのでもない。しかし、どこかに、やはり儚さも感じないではない。なにか一陣の竜巻に襲われ、人々とその生活の痕跡が霧のように自然の景色の果てに消えて行った。・・・そんなイメージがあるのだ。　そのような経験をして10年後に、わたしは絵描きとして人生を歩みはじめたけれど、創作の欲求のどこかに、跡形も無く消えてしまうモノを見てしまったということが常に横たわっている。じつは私が経験したことは、映画的ではあるが、たぶん絵画的なことではない。「消えて行く」ということには、「時間」がかかわっているからだ。小津安次郎の映画は、定点観測だと言ったのはたしか篠田正浩監督だ。一所にじっとすわって、事態を見つめる。その目の先で、時間は流れてゆく・・・。私はいくぶん嫉妬しながら、小津映画を見ているのである。　私は自分の経験に反撥するように、景色を描かず、自然を描かず、ニッポン的なもの土着的なものを描くことを頑に拒否してきた。私の頭のなかにあることだけを（少なくとも自分にとって）理路整然と構築することに努めた。私の絵描きとしての修行は、ただ頭脳と精神と身体生理を分ちがたく一にすることだった。　それは他人には理解されないことかもしれないが、かつて私が「消えてゆくもの」を見てしまった以上、そのような方法論によって絵を描くことが私の安寧なのだった。　私が63歳になって子供時代を回想するのは、子供時代を懐かしく思っているからではない。ほんとうのことを言えば、私は過去にはまったく興味がない。矛盾したことを言っているようだが、それを語ることによってしか、「霧のようにその場から消えてしまう」という私の経験を、確認できないからである。

Jun 17, 2008

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オーイ、そこの人～！

　いやはや勘弁してくれよ。どこか近所の家の目覚まし時計のベルが、朝8時から、まもなく午後3時になろうとする今まで、鳴り続けているのだ。大きな音ではないが幽かにともいえない。それがかえって耳鳴りのようにイヤな感じで頭のなかに響いて来る。もちろん窓は閉め切り。仕事に集中できないよ。　こんなことインターネットで発信しても、誰かしらぬが目覚まし時計の本人が見ているはずもなし。しかし、呼びかけたいよ、ほんとうに。オーイ、そこの人～！！　

Jun 17, 2008

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八総鉱山小学校の転生

　私の小学校の母校は3校あり、ひとつは長野県川上第二小学校、ふたつめは福島県荒海小学校、そして三つめは卒業校である福島県南会津にあった八総鉱山小学校である。八総鉱山小学校は昭和40年代に廃校となった。そして、その校舎ならびに附属施設は、その後、神奈川県の保養施設になったり、ある学園附属の保養施設になったり、田島町（現・南会津町）が管理するオート・キャンプ場に転用された。　私は昭和38年3月に八総鉱山を去って以後、一度もそこを訪ねたことはない。かつて鉱山従業員約520名とその家族がひとつの聚落を形成していた山と山との間の谷間のようなその地は、閉山と同時に鉱山施設をはじめ住宅も商店も病院も来客用の接待館も、一切合切が取り壊され原野にかえっていった。ただひとつ、小学校だけが残されたのである。　そこで暮らした人たちは、みなそれぞれの道をもとめて去っていったわけだが、私が後年耳にすることは、不思議なことにほとんど幻の桃源郷を回顧するように、深く懐かしく、温かく、人々の胸にきざまれているらしいのである。会社の関係者ならまだしも、福島県の教員として八総鉱山に赴任した先生たちの家族さへ、何十年もたってからそこを訪ねていったとさへ聞く。私の同級生のT君も、何度か訪れていると報せてくれた。　失われたものへの懐旧の情だろうか？　もちろんそれもあるだろう。だがそればかりでもないかもしれない。　私は一度も訪れていないと言ったが、私の弟や母は一度だけだが訪れているのだ。草に埋もれた我家のあった処を。　以前、このブログで、現在の地図でみると我家のあったちょうどその前に国道が開鑿されて、奥会津・館岩方面へ通じているらしいので狐につままれたように驚いていると書いた。するとT君からのメールがあり、事実、そこに国道が開けたのだとおしえてくれた。　私は、やはり訪れるべきではないだろうと思った。私は、おそらく他の級友とはまったくちがった思い出をその地に置いて来た。級友たちと遊ばずに、ひとりで山野深く駆巡り、蝶を採集し、蛾を採集し、水棲幼虫を探しまわり、植物を採集し、羊歯類の研究をし、風媒花の研究をし・・・年がら年中そんなことをしていたのだ。私にとっては山野に身も心もとけこんだ特別の時間がそこにあったのだった。　遠きにありて思うもの・・・そんな気がしているのだ。　中学校も高等学校も、私が在校した当時の校舎はまったく存在しないいま、奇妙なことに、廃校になった八総鉱山小学校の校舎だけが残っているのである。このことはまた、格別の思いである。　ところで、オンラインでPDFファイルとして読むことができる「広報みなみあいづ」によれば、八総鉱山小学校はまた新しい段階にはいったようだ。昨年平成19年、田島町とNPO法人・地球環境と免疫系疾患の改善総合研究会（代表理事・池谷純仁氏）との間で旧八総鉱山小学校に関する賃貸契約が結ばれたという。これによって同会は、全国に約100万人いるといわれている化学物質過敏症、あるいは電磁波過敏症等の環境病発症者の転地保養地として利用するそうだ。「あらかい健康キャンプ村」というのがその名称。昨年8月にオープンした。　オープンを前に、町長も加わって60名のボランティアが、学校をピカピカに磨きあげてくれたようだ。あの山のなかにやってきて、そのような掃除をしてくれたという話に、私はなんだか泣きたいような嬉しさを感じている。そして、そう、あそこなら現代的な環境病に苦しむ人たちが療養できるかもしれない。それを願わずにはいられない。　

Jun 16, 2008

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クール・ジャパン、家紋のこと

　昨夜、なにげなくテレビのチャンネルをNHK・BS1に合わせたら、「クール・ジャパン」という番組が日本の「シンボル」をとりあげていた。在日外国人の目でとらえた交通や案内等の標識デザイン、家紋、印鑑について感想や意見をのべるというもの。　交通標識は昔からあるけれども、日本のデザインが国際的に注目されるようになったのは、東京オリンピックがきっかけであった。東京オリンピックはいわば戦後19年目の日本復興の威信をかけたイベントだったわけだが、はじめて国際的にたくさんの訪問客をむかえるために、従来の日本の状況はさまざまな部分で変革された。私はこの年（昭和39年、1964）に大学へ入って上京した。思い出すと、当時と現在とでは街の様子はさらに大きく変っているのだが、ホテル・ニュー・オオタニをはじめ大規模なホテルがつぎつぎに建設され、日本ではじめて「マンション」ができたのも昭和39年、原宿駅ななめ向いに今もあるアパートメント・ハウスである。　私は法学部法律学科の学生で、のちにイラストレーターを職業とするとは夢にも思っていなかったが、日本デザイン界の錚々たる人たちが制作した数々のオリンピック・ポスターには目をみはったものだ。そういうデザイナーたちが、（聞くところによると）突貫工事のように制作したのが、言葉抜きで誰にもわかる絵文字標識（ピクトグラフ）の数々である。　東京オリンピック後、これらの標識は、高い評価を得て国際的に使用されることになる。一目で認識できる分かりやすさと、単色による形体の美しさ。　このデザイン・コンセプトの基礎となったのは、日本の伝統的な家紋であるといわれている。　家紋は、家紋帳によると5,000種類を超え、いわゆる分家紋を加えると20,000種類にもなるらしい。　我家の家紋は「抱柏」である。この紋は神職に多いらしいが、我家の遠い先祖が神職であったかどうかは不明だ。江戸時代には仙台伊達藩の武士だった。　盗難にあってすっかり失われてしまったが、私が子供のころは、家紋が描かれた漆器類が祝儀や宴会に使われていた。式服にも五つ紋が染められていた。　5,000～20,000種類もの家紋、いったい誰がデザインしたかは不明だ。いや、おそらく不明であろう。しかし、このデザイン感覚は、たしかに優れている。　日本のグラフィック・デザインをリードした故田中一光氏の初期のポスター「にぽんのうた」（1960）は、「重梅」紋が大胆に使われていた。また「結城人形座」（1973）のポスターにも上部中央に「丸に七三桐」紋が描かれ、モダンの中になんとなく江戸時代の芝居小屋の雰囲気が出ていた。　私がその著書3作の表紙を担当したミステリー作家・泡坂妻夫氏には別の二つの顔があり、一つはマジシャン、そしてもう一つが紋章絵師である。氏のミステリーの幾何学的なカラクリや、緻密な図像にも似た構成には、もともと氏が紋章絵師であると知れば、なるほどと納得できる。頭脳と生理のみごとな一致がうかがえる。それを思えば、私の心臓の鼓動の音が高くなってくる。　私も一度だけ家紋をデザインに取り入れたことがある。能楽師・梅若猶彦氏が主宰した第1回公演のポスターに、梅若家の「橘」紋を描き、「屋島」などの演目を象徴する鍬型前立兜や釣り鐘を切絵風に単純化して市松に配し、義経の裾濃紫縅大鎧（すそごむらさきおどしおおよろい）にヒントを得た濃い紫、縁取りの同じ紫の帯からわずかに若竹色がのぞくという、二色刷りにした。　テレビ番組のなかでも言っていたが、現在では日常生活のなかから家紋を使用した物品はしだいに姿を消しているかもしれない。それが復活すれば良いとは、私は思わないけれども、優れて美しいデザインであることは間違いない。また国際的に瞠目されるデザインであるとも思う。　どのように生活のなかで使ってゆけばスマートだろう？　贈物に家紋を描いた漆器を頂戴したことがある。しかし、これは大変困る。使い道がまったくないのだ。そうでしょう？　どこに他家の家紋をつけた什器を使用する人がいますか。こういう贈答品はナルシズム（無神経な自己顕示）以外のなにものでもない。相手を思いやらぬ品物ほど、もらって迷惑なことはない。わざわざ職人さんに家紋を金箔押しにしてもらうのだから、それ相応の価格となる。で、すぐさまゴミ箱行きでは、職人さんも泣くに泣けまい。　家紋のデザインは美しくとも、それを使用した過去の思想のなかには、現在となっては愚劣な部分もあるのだ。伝統というものはそういうもの。そこを現代的にどのように引出し方向付けてゆくかがひとつの実際的問題かもしれない。

Jun 15, 2008

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庭のスグリ

　朝、庭の野草をすこし間引いて他の植栽の幹元に風がはいるようにしたのだが、地面にやたらに柿が落下しているのに気がついた。1cmほどに結実したまま、落ちている。ざっと100個ほど。葉艶は良く、茂りもしっかりして、病気らしいところは見当らない。根元の草をわけてみると、幹から50～70cmの近辺にたくさんの「ひこばえ」が出ていた。おそらくこれに栄養を与えるために、実を落しているのではあるまいか。狭い庭に柿の木が何本も出て来てはかなわない。可哀想だが「ひこばえ」は切ることにした。　　さまざまな野草や、野草同然になている本来園芸種の植物が、いりみだれている我家の庭。その草をかきわければ、苺がなっていたりする。また、スグリの実が色づきはじめている。スグリは長野や山梨の特産植物だそうだが、我家の庭にこうして生育している。グーズベリー（gooseberry）、いわゆる西洋スグリと間違われやすいが、じつはまったく別種の植物。スグリは「酸塊」と書き、すっぱい実というところから来ている名である。雑草然とした薮陰に、ちいさな葡萄状の房をした赤い半透明のビーズ玉のような実がのぞいている風情を、私は愛している。我家の庭のスグリ

Jun 13, 2008

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密談と余談

　昨夜10時半に仕事場の電話が鳴った。出ると、小説家の花輪莞爾氏だった。氏が進めている出版上の問題で、ひとつの結論が出そうなのだが、それについて私の見解を聞かせてくれと言う。私は、さまざまな正負の可能性をあげてゆき、話し合いは2時間におよんだ。密談なので、ここに書くわけにはゆかないから、読んでくださるかたは、何がなにやらわからないだろう。しかし、そこが密談の密談たるゆえん。勘弁していただく。　さて、その話し合いにあらたな結論を見いだし、その後しばらく余談となった。　花輪氏は一昨年まで国学院大学のフランス語教授だったが、日本のフランス語学界の長老だった故某氏の所蔵されていたボードレールの本についての話に、私は驚嘆してしまった。　「お嬢さんがさ、ロールスロイスが2,3台買える値段だっていうからさ、どんな本かって聞いたんだ。ピカソをはじめとする錚々たる画家たちの直筆の挿画本だって言うんだよ」　「その本が、某氏の所蔵本のなかにあるんですか？」　「そうなんだ。びっくりしたよ」　「見たいなー！　見たい、見たい！」　「そりゃア、ロールスの2,3台は買えるかもしれないよねー」　どうです、この話、ちょっと驚きでしょう？　ビブリオマニー（愛書狂）諸氏なら、卒倒してしまうかも。

Jun 12, 2008

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スイート・バジル

　ヤヤ！！　こら、虫め！　　屋内で育てたスイート・バジルを、先日、戸外に出して植え替えた。それがなんと、きれいに虫に食われてしまった。　夏の昼食に、冷製パスタのバジル・ソースは私の好物。これは乾燥バジルではぜったい駄目。摘み取ったばかりのバジルと新鮮なトマトのざく切りとニンニク、そしてオリーブ・オイルだけで食べる。バジルの香りがすばらしい簡単パスタである。　それを楽しみに育てていたバジルなのに・・・。　虫にとっても、きっとすごく美味しかったのだろう。茎と葉脈をわずかばかり残し、きれいさっぱり、人間だと「皿を舐めるように」食べてしまった。他にも葉っぱはたくさんあるのだから、せめてそちらにしてくれると良かったのに、他には目もくれずというぐあいだ。　ガッカリすると同時に感心してしまった。「どうだ、美味しいスイート・バジルだろう。お前さんも、なかなかのグルマンじゃないか」と。　仕方がない、また苗を買いにいってくるとしよう。

Jun 11, 2008

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いまさらながら自作のこと

　午後5時半、ただいま訪問客を見送る。母を見舞ってくれた。朝、母が夢にみたと言っていたその人の突然の来訪だった。ずっと病床の枕元に付き添って話相手をしてくれるので、私は仕事場にとじこもった。　背景主要部の描写、ほぼできあがった。乾燥を待ち、細部の工芸的な仕上げに入ってゆくことになる。同時に、明日以降は、主題の人体描写をさらにソリッドに仕上げてゆく作業にはいる。　この作品、じつはものすごく長い間取り組んでいる。もっとも、納得ゆかないままにただ眺めていた年月なのだが、ここに来て発表予定の時間がせまって来たのだ。半分以上はなまけていた年月である。　どうも私は、取りかかったなら、猪突猛進、一気呵成に製作しないと、半ばで気が抜けてしまうクセがある。気が多いせいかしらん？　完成しないうちに自分がやりたいこと、問題の解答みたいなものが出てしまうことがあり、そうなると別の作品を考えはじめてしまう。途中で放ったらかしにした製作は、何年か後に、あらたな問題が付け加わるまで仕事場の隅で眠らされる。結局、解答が出たと思っても、じつは分っていなかったのだと、何年か後に気がつくわけである。　私の作品はほとんどすべてが、作品全体としては対象物を写生しているわけではない。いつも自分が何を考えているか、その考察の軌跡がすなわち私の作品なのだ。まさに‘I think, I am’である。それがイメージ（像）となって脳裡にあらわれてくる。私の絵には曖昧さがない。それは良いことなのか、あまり芳しくないことなのか。思考の限界を示しているようでもあり、思考の明晰さでもあるようでもある。　そんなことは私自身にとってどうでもいいことなのだが、観客が感情移入できないとしたら、それは私のいたらなさに違い無い。

Jun 10, 2008

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雨後の月を眺めながら

　午後4時頃から東京西部は雷雨となった。遠雷のとどろきに、仕事場の私のかたわらで眠っていた猫のサチが身を起し、聞き耳をたてる。遠くをさぐるような目を窓外にむけて、まるで置き物のようにじっとしている。緊張した生真面目な姿がなんとも美しい。動物本来の美しさといってもよいかもしれない。私は作品にむかって絵筆をはしらせながら、その姿をちらちら観察していた。　夜、雨はあがり、月がでた。厚い湿った空気のかげに、曇りガラス越しに見るようにぼんやり滲んでいる。　仕事ははかどっているようでもあり、停滞しているようでもあり・・・つまり、最初の計画に加えて、あらたなイメージが出てきてい、画面を少しづつ複雑にしているのだ。だいなしになるか、一層良くなるか、今はわからない。午後10時から午前0時半まで、再び執筆。

Jun 9, 2008

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高幡不動八十八巡礼路百周年のことなど

　先日、高幡不動尊境内（東京・日野市）の「あじさい祭」にでかけたことを書いた。花の盛にはまだ遠く、紫陽花もさびしげだった、と。　さまざまな種類の紫陽花が咲くこの山は、四国八十八カ所霊場をうつした巡礼路が開鑿されている。この巡礼路が開創されて、ことしは100周年になるのだそうだ。つまり明治41年に開かれたわけだ。　それより以前の幕末、日野生まれの土方歳三やその朋輩たちは、市ヶ谷にあった近藤勇の剣道場に稽古に通う道すがら、この高幡不動尊山内で木刀を振って一汗流したという話が残っている。往復50km以上はあろう距離を歩いて通うのだから、早朝の出発だったろう。そのうえ山に入っての一稽古であった。　四国八十八カ所霊場を巡る旅は、四国遍路とよばれ、徳島県鳴門市の竺和山霊山寺（りょうぜんじ）を一番とし、ほぼ海岸づたいに四国を一周して香川県長尾町の医王山大窪寺まで八十八カ所の札所とほかに十数カ所の番外札所をめぐる。全行程約1,400km。　ところで高幡不動尊山内にあるような「四国八十八カ所霊場のうつし」だが、要するに模倣である。実際の霊場に行かずとも手軽に巡礼の「まねごと」をするためのミニチュア模型。口悪い言い方をすると、そういうことだ。こういう考えかたは、ほかにも冨士講のミニチュア版などがあり、東京都内にも寺の境内の片隅にこんもり盛り土してつくったミニチュア富士山が今に残されている。あるいは三十三観音巡礼は、紀州那智の青岸渡寺に始まり、和歌山・大阪・奈良・京都・兵庫・滋賀・岐阜にまたがる巡礼路。この「うつし」も各地に残っている。。　江戸時代、いわば交通規制がきびしく、誰でも気軽に旅ができるわけではなく、まして庶民には莫大な費用となる巡礼であった。富士講は、六月一日の富士の山開きにあわせてその前後に出発する富士権現大社詣での旅で、町内の者同志が中心となり、多いもので100名を超え、小さいものでも50戸がひとつの講中となり、自己資金をつぎこんで富士登山をした。道中の苦しさに耐え、登山の艱難辛苦をなめて、おまけに種々の禁制を布いて身の奢侈をつつしみ、修行としたのだった。旅に出る前から、講中の家々は神壇を構え、豪華な神器で荘厳し、榊・洗米・菓子・果物等々を供え、斎戒沐浴して備えた。これら神詣でのひとたちは、決して他からの餞別や施物を受けなかった。つまりすべての費用は自らの力で賄わなければならなかったので、一生に一度詣でることができればこのうえない冥利だったのである。　四国八十八カ所霊場をめぐる、いわゆる「お遍路」は、富士講とは意義がことなる。この巡礼路は弘法大師空海が開いたという説があるが、もちろんこれは俗説にすぎない。しかし各札所には弘法大師を祀る大師堂があり、巡礼者のなかには各寺院の本尊仏よりも大師堂詣でを重視する者もいる。四国遍路の出立ちに、背や菅笠に「同行二人（どうぎょうににん）」と書いているのを見かけるが、これは弘法大師と一緒の二人旅という意味である。平安時代の末頃にはすでに弘法大師空海の足跡を慕って巡り歩くひとたちがいたようである。現在の巡礼路がほぼ確定したのは室町末期、あるいは江戸初期といわれている。また、この巡礼起源説のひとつに、右衛門三郎という者が死んだ子供の供養と罪滅ぼしのために始めたというのがある（伊予・石手寺伝）。そのためか、現在でも同様の苦悩を胸にいだいて遍路に出るひともいるのは事実のようだ。　巡礼者の心のなかの問題はともかく、1,400キロを徒歩で旅するとなれば費用はもちろん、それ相応の決心も必要で、どうしてもその場に行けないけれど信心だけは形にして（行為として）確信したいとなれば、どこか適当な場所にミニチュアを構築するという考えもでてくるかもしれない。仏教には「方便」ということばがあり、重大真実の実現のためにはとりあえずの策謀（便宜）に頼るのもまた許されるという考え方。「嘘も方便」などという言い方もある。　私の考えでは、霊場巡礼路のミニチュア版は、この「方便」を基礎とする考えではないか。　信心から出た巡礼は、日本にかぎった文化ではない。ヨーロッパのキリスト教にもあるし、チベット仏教にもあり、イスラム教にもユダヤ教にもある。しかし、浅学ながら、私の見るところ、実際の巡礼に出なくとも適当な場所にその「模型」をつくって詣でるという例を知らない。　巡礼ではないけれど、「方便」という点に関しては、たとえば大般若経の全巻を誦すかわりに経典をまるで寄席芸のようにパラパラと宙に舞わせて畳むということをやる。実質的には何の意味もない、たんなるパフォーマンス。私に言わせれば、そんなことに人生の時間を費やしているより、1巻でもきっちり読みすすめたがよかろうに、という態のことだ。「マニ車」も同じ趣旨である。百万遍の誦経のかわりにクルクル回る車をまわすというもの。そんなことなら、心をこめた、ただ一回の読経のほうがよほどよろしかろうに。　　文化のなかの実質空洞部分、あるいは空疎な儀式・・・私が思っているのは、じつはそういう領域である。何なんだ、これは？　あまりにも広く、また我々の生活全般に雲霞のようにまといつき我々の思考をある意味根底からとらえていることなので、私が明確に断言できないことでもあるが、たとえば私の連想はハウステンボスのような偽物嗜好にまでゆきつく。ハウステンボスは企業商品であるから、まあ論じる必要もないといえばないのだが、何故巨費を投じてあんな偽物をつくって面白がっているのだろう？と、これは私にとっては一つの文化的な謎なのだ。そして、この基礎に流れている考え方、あるいは嗜好が、「四国八十八カ所霊場のうつし」をつくる考え方とまったく共通しているのではあるまいか、と考えるのである。さらに言えば、日本人がこのような考えから離脱するとき、はじめて、経済的にも真の豊かさ（個人個人の〈経済力〉といえるほどの安定した豊かさ）を備えた国民国家となるのかもしれない、と。ハウステンボスって、別に否定はしないけれど、グローバル化状況にあってまだ海外の文化に憧れてその偽物をつくっている、すごく貧乏くさい発想ですよ。　・・・高幡不動尊境内の八十八カ所巡りが100周年だというので、日頃私が思っていることを、ひとつのメモとして書いておく。

Jun 8, 2008

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モーツァルトに駆り立てられて

　午前中から絵筆を執り、ただいま夜10時30分にまもなくなろうとしている。なんとか形になってきた。しかし肝心な部分はまだ手つかず。そろそろ尻に火がついてきているのだが。　今夜はもうすこし筆をすすめる。BGMはモーツァルトのセレナーデ、Gマイナー、KV525。この曲、第1楽章アレグロも第2楽章のロマンス・アンダンテもなんだか駆り立てるようなところがある。そこが今の私にぴったり。

Jun 5, 2008

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私の山川惣治『少年王者』

　戦後すぐの少年絵物語のベストセラー『少年王者』の山川惣治氏といえば、私にとっても忘れ得ぬ作者であるが、今年はその山川惣治氏の生誕100周年にあたるのだそうだ。　昭和22年（1947）、合資会社として再スタートをした集英社は、紙芝居の『少年王者』を児童誌として発刊し、その第1集『少年王者おいたち篇』はたちまち大人気となった。これは翌昭和23年までに11点刊行されることになる同社の「おもしろブック」シリーズの第1册目でもあった。　昭和24年に株式会社集英社と改組し、最初の雑誌として『おもしろブック』9月号を創刊した。少年雑誌、のちに少年週刊誌あるいは少年マンガ週刊誌として各社が競い合うことになる分野の草分けである。『少年王者』はこの『おもしろブック』に引き継がれて連載された。　作者・山川惣治が私にとって忘れ得ぬひとというのは、私は昭和25年ころから『おもしろブック』を購読しはじめ、『少年王者』を夢中になって読んでいたのだった。私は5歳で、その前年あたりから文字が読めるようになっていたので、創刊して間も無かった『おもしろブック』の定期購読者として両親が書店に契約してくれたのである。『少年王者』は、私が自分ひとりで最初に読んだ物語だった。いまでも登場人物の「アメンホテップ」などという名前をおぼえている。　『おもしろブック』の定期購読はその後、弟たちに受け継がれ、昭和32,3年かそれよりもっと後まで書店が毎月配達してくれていた。そのころ何もいわずとも書店が毎月配達してくれる本は7册あって、父の『オール読物』（文藝春秋）、母の『主婦の友』（主婦の友社）、私の『子供の科学』（誠文堂新光社）と『科学大観』（世界文化社）と『少年少女世界文学全集』（東京創元社）、弟の『おもしろブック』（集英社）と『児童文学全集』（偕成社）であった。ちなみにイラストレーターとなった私は、以上の出版社のうち偕成社以外のすべての会社で仕事をさせていただいている。子供のころはそんなことは想像もしなかったけれど。（偕成社さん、御連絡ください！）　『おもしろブック』には、昭和28年に小松崎茂の漫画『海底王国』が、そして昭和29年には杉浦茂の漫画『猿飛佐助』が掲載されている。私の漫画歴は10歳でほぼ完全に終了してしまったが、『猿飛佐助』は私の漫画の原点といってもいい。つぶした丸いお握りのような顔の佐助の顔が、54,5年前のことなのに今でも目にうかんでくる。真田十勇士*の名前をおぼえたのもこの漫画によってである。　小松崎茂氏は、美術史の一隅では戦時中の戦争協力者として名指しされることもあるが、戦後は空想科学絵いわゆるSFイラストレーションの第一人者として少年の夢を掻き立てた。私が購読していた『科学大観』の口絵としても小松崎茂作品がたくさん掲載されていた。　　東京の弥生美術館で山川惣治展が開催されるそうだ。『少年王者』や『少年ケニヤ』の原画が展示されるらしい。まあ、私は、記憶に残っている絵の印象だけで十分だ。象にまたがった少年王者や、探検隊の荷をはこぶアフリカの人たちのジャングルを分けて進む場面、そして少年王者の父かもしれないアメンホテップの古代エジプト王のような衣装の姿・・・　（*注）真田十勇士：史実ではないが講談等によって定着した。猿飛佐助、霧隠才蔵、筧十蔵、由利鎌之助、三好清海入道、三好伊三入道（弟）、海野六郎、穴山小助、根津甚八、望月六郎。なお、俳優の根津甚八氏の芸名はこの十勇士からとったもの。　

Jun 4, 2008

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なぜか気乗りしないまま

　朝、ちょっとした用事があって雨のなかを近くまで出かけたのだが、そこで片付かず、どうしようかと一旦は思ったものの、そのまま隣町まで歩きつづけた。どのぐらい歩いたことになろうか。足早に、時間にして片道30分は有にかかった。不動産広告などでは1分がだいたい80メートルくらいに算出しているそうだから、30分だと2,400メートル。帰りは途中の駅から電車に乗ったが、散歩にしては歩いたほうだろう。　帰宅すると入れ違いに、家人達全員が外出するという。夕方まで帰らないと言い残して、さっさと出かけて行った。私は例のごとく5匹の猫たちと留守番。　予定の仕事にとりかかろうとするが、なんだかちっとも気乗りがしない。集中して急がなければならないのだが、描きかけの作品をながめていても、筆を執る気がおこらないのだ。　こういうときは描いてもしかたがないと、ぼんやり過した1日。　いま午後10時半、今夜はもう就寝することにする。仕事はまた明日から。

Jun 3, 2008

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高幡不動あじさい祭

　高幡不動尊山内の「あじさい祭」が1日から始まったというので、観に出かけた。しかし見頃にはまだ少し遠く、まばらな咲きかげんが侘びしい。雨も落ちてきて、ぽつりぽつりと紫陽花の花の青にまぎれる。灰色の霧雨に叢（はむら）は闇を濃くし、その陰に、こんなにも淋しげな花だったかと思うような紫陽花である。　また日をあらためてと、足早に山路を下った。　なんだか気抜けしたような感じでいると、また不意に英語の言葉遊びが浮かんで来た。ダブル・ライムで2連。それを家にもちかえって、次のような尻取りのように押韻を踏んだ童謡詩『みなしご小熊』を書き上げた。An Orphan Little Bearby Tadami YamadaAn orphan little bearMuch shaggy black hairHe likes sweet honeyHis friend is a ponyThe dear clever ponyAllots carrots for a conyThey get well togetherMarch in good featherA stranger in full featherWelcome in wet weatherThis is courteous swallowGiving them a warm helloGift's a leaf of green willowCony keeps it in her burrowAskin' about cub's motherIf he didn't see such anotherYes sure I saw his motherWhen I flew to the furtherBeyond sky, the Great BearSaid Swallow; it's a rarePony Cony Orphan bearStart for the Great BearThey get well togetherMarch in good featherTwinklin' stars, go to thereO lala, O lala, orphan bearSeeks mammy's hand to hangSingin' at the top of his lungO lala, O lala, O lalalaO lala, O lala, O lalala訳『みなしご小熊』みなしご小熊もじゃもじゃ黒毛甘い蜂蜜だいすき友達は子馬可愛いおりこう子馬兎に人参わけてやるみんな仲良く愉快に行進盛装した珍客ようこそ雨の中を礼儀正しい燕です心をこめて御挨拶おみやげは柳の葉っぱ兎が巣穴にしまい込み小熊の母さんのこと尋ねますそんなひとを見なかった？そうたしかに見ました遠く彼方へ飛んだとき空の向こうの大熊座燕は言った、嬉しい話子馬に兎にみなしご子馬大熊座へ向けて出発だみんな仲良く愉快に行進きらきら星のむこうまでオーララ、オーララ、みなしご小熊高らかに歌いながらぶらさがるためのママの手さがしてオーララ、オーララ、オーラララオーララ、オーララ、オーラララ---------------------------------Copyright(c) 2008 Tadami Yamada. All Rights Reserved.

Jun 2, 2008

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不安のDNAと蝶の命と

　良く晴れた青空。週半ばからはまた雨らしいので、つかのまの天気ということか。猫たちも早朝からベランダへ出たり戻ったりして遊んでいる。　我家の猫たちは、雨に濡れるのもへいっちゃらで、濡れた躯をふかせては、しばらくするとまたひとりで戸をあけて遊びにゆく。しかし今日の日射しはさすがに温かく気持がいいのだろう、ベランダから廂のうえにおりて、狭いところに上手に躯をよこたえて眠っているのだ。　人間にはDNAの何番目だかに不安感・恐怖感の遺伝子が組み込まれているようだが、猫にはそのような遺伝子がないのであろうか。よくぞあんな高くて狭いところで眠れるものだと感心する。じつは人間にもその遺伝子が無い人がいるのだそうだ。冒険家とか、ことさら不安・恐怖をものともせず何かをやらかす人は、そのような遺伝子を持っていないのかもしれない。近頃のその方面の研究成果はめざましく、長い年月を経た遺体やその一部分からDNAを検出できるようだから、歴史上の冒険家を調べてみると成るほどと納得できる結果を得られるかもしれない。　　外出の準備をしていたら、小説家の花輪莞爾氏から電話があった。進行中の仕事の中間報告。しばらくその話をし、共同でなにかおもしろい作品をつくりたいものだなどと話して電話を切った。　外に出ると、玄関先にオナガアゲハが一羽死んでいた。やや小振りの春型である。命の終熄。この蝶は我家の庭までやってきて、それからどのように息をひきとったものか。花輪氏と明日も知らぬ人の最期について話したばかりだった。

Jun 1, 2008

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