中学生読書記録
もう5,6年前のことだが、某出版社の親しい編集者と子供時代に読んだ本が同じだったので、ひとしきり当時の少年文学について語り合った。 私が〈物語〉を読むようになったのは長野県の川上第二小学校に入学して、備え付けの学級文庫にそろっていた講談社の絵本をすべて読破したことに始る。『百合若大臣』など、いまでも記憶に残っている。その後、カバヤキャラメルのカードを集めると貰えた〈カバヤ文庫〉が加わり、〈おもしろブック〉に連載された山川惣治『少年王者』、そして東京創元社の『世界少年少女文学全集』へとつづく。中学生になって会津若松第三中学校時代はもっぱら学校図書館を利用し、そのころから少年文学からいわゆる大人の文学作品へと関心が移っていった。 今日、調べることがあって学生時代の日記や活動資料が入っている箱を開けたところ、中学3年の日記に〈読書の記録〉とあった。 昭和35年9月1日と5日の日記にはさまれて、日本文学と外国文学とにわけて番号を振り、著者と書名が記されている。 この私のブログに中学生がアクセスしているとは思えないが、当時の一中学生の読書記録を掲載してみようと思う。アクセスしてくださるお客さんのなかに、御自分の中学時代の正確な読書記録をお持ちのかた、あるいはそれを記憶されているかたはおありだろうか。 某編集者とのはずんだ話を思い出しながら・・・【日本文学】1,古事記。2,竹取物語。3,今昔物語。4,堤中納言物語。5,お伽草子。6,雨月物語(上田秋成)。7,東海道中膝栗毛(十返舎一九)。8,南総里見八犬伝(滝沢馬琴)。9,山椒大夫(森鴎外)。10,坊っちゃん(夏目漱石)。11,鼻(芥川龍之介)。12,蜘蛛の糸(同)。13,杜子春(同)。14,羅生門(同)。15,清兵衛とひょうたん(志賀直哉)。16,小僧の神様(同)。17,城の崎にて(同)。18,雪の遠足(同)。19,暗夜行路(同)。20,セロ弾きのゴーシュ(宮沢賢治)。21,風の又三郎(同)。22,コッペルと象(同)。23,グスコーヴドリの伝記(同)。24,路傍の石(山本有三)。25,伊豆の踊子(川端康成)。26,二十四の瞳(壺井栄)。27,次郎物語(下村湖人)。28,ビルマの竪琴(竹山道雄)。29,父帰る(菊地寛)。30,出世(同)。31,悪魔の弟子(同)。32,ある敵討の話(同)。33,恩讐の彼方に(同)。34,笛吹川(深沢七郎)。35,駅(註・作者円地文子と記しているが、36の作品とともに幸田文の誤記。たぶん円地文子の作品が何か脱落しているのだ)。36,番茶菓子(幸田文)。37,寒い朝(石坂洋次郎).38,陽のあたる坂道(同)。39,猫は知っていた(二木悦子)。40,挽歌(原田康子)。41,輪唱(同)。42,コタンの口笛(石森延男)。43,忘れ霜(壺井栄)。44,あすなろ物語(井上靖)。【外国文学】1,千夜一夜物語。2,イソップ物語(イソップ)。3,リア王(シェイクスピア)。4,オセロ(同)。5,ベニスの商人(同)。6,ガリバー旅行記(スウィフト)。7,グリム童話(グリム兄弟)。8,モンテ・クリスト伯(デューマ)。9,三銃士物語(同)。10,アンデルセン童話(アンデルセン)。11,アンクル・トムス・ケビン(ストウ夫人)。12,昆虫記(ファーブル)。13,人形の家(イプセン)。14,風車小屋だより(ドーデ)。15,月曜物語(同)。16,クオレ(アミチス)。17,小公子(バーネット)。18,小公女(同)。19,どん底(ゴーリキー)。20,桜の園(チェホフ)。21,動物記(シートン)。22,隊商(ハウフ)。23,石の心臓(同)。24,クルイローフ童話(クルイローフ)。25,アファナーシェフ童話(アファナーシェフ)。26,宝島(スティーブンソン)。27,ジャングル・ブック(ラジャード・キプリング)。28,家なき子(エクトール・アンリ・マロー)。29,あしながおじさん(ウェブスター)。30,チボー家の人々(ロジェ・マルタン・デュガール)。31,飛ぶ教室(ケストナー)。32,エミールと軽業師(ケストナー)。33,にんじん(ルナール)。34,ライオンの眼鏡(ヴィルドラック)。35,ものをいうかしの木(ジョルジュ・サンド)。36,マテオ・ファルコーネ(メリメ)。37,せむしの小馬(エルショーフ)。38,黄金の川の王様(J・ラスキン)。39,十五少年漂流記(ジュウル・ヴェルヌ)。40,ピノッキオ(コロディ)。41,みつばちマーヤの冒険(ボンゼルス)。42,悪童物語(トーマ)。43,リップ・ヴァン・ウィンクル(ポー)。44,荒野に叫ぶ声(J・ロンドン)。45,森のほのお(オセーエワ)。46,人形つかいのポーレ(シュトルム)。47,三色菫(同)。48,赤と黒(スタンダール)。49,罪と罰(ドストエフスキー)。50,居酒屋(エミール・ゾラ)。 以上94册。 このうち、「好きな本」として赤い丸印がついているものがある。日本文学では「暗夜行路」「路傍の石」「次郎物語」「輪唱」「忘れ霜」。外国文学では「人形の家」「どん底」「あしながおじさん」「チボー家の人々」「にんじん」「マテオ・ファルコーネ」「悪童物語」「三色菫」「赤と黒」「罪と罰」「居酒屋」である。 この〈読書の記録〉が書かれたすぐ後日の昭和35年9月5日の日記は、「〈暗夜行路〉の後、スタンダールの〈赤と黒〉を読んでいる」と書き出し、主人公ジュリアン・ソレルについての考えを述べている。そんなことを書いていたなどすっかり忘れてしまっていたが、じつは私の文学熱に火がついたのは〈赤と黒〉に始るとはずっと思ってきた。50年ちかくも経って、はっきりその始りが確認できた。 この〈赤と黒〉は、学校図書館から借りた本で、文庫サイズ程度の、しかし厚さは5,6cmもある小豆色の布表紙の叢書だった。なんという出版社から刊行されたものだか。昔は古書店で見かけたおぼえがあるが、最近ではまったく見たことがない。私は高校生になってから、河出書房新社が昭和35年から刊行を開始していた原弘氏装丁のグリーンで統一した〈世界文学全集〉(全48巻別巻7巻;阿部知二・伊藤整・桑原武夫・手塚富雄・中島健蔵編集)を購入しはじめ、たしか一番最初に買ったのが〈赤と黒〉だった。この本は現在も所持している。 ちなみに上述した〈カバヤ文庫〉については、ずいぶん以前にこのブログに書いた。あらためて、私が所持していた書目をあげれば、次のとおり。 「ニルスのふしぎな旅」「隊長ブーリバ」「アンクル・トム」「鼻の小人」「オズの魔法つかい」「若草物語」「せむしの子馬」「イワンのばか」 この文庫は、現在、岡山県立図書館がほぼ完全に所蔵しているとか。戦後の児童図書、なかでも世界少年文学の普及におおきな影響があった大叢書である。