彫刻家の流政之氏が亡くなられた
彫刻家の流政之氏が亡くなられた。7月7日、享年95。 1970年か71年だったと思う、私はただ一度、流政之氏と食事をご一緒させてもらったことがある。私はまだ何も出発していず、法律の勉強を捨ててようやく絵を描き始めたばかりだったが、故植松真治画伯と重田良一画伯に伴われ、お三人の末席を頂戴したのだ。赤坂の会員制フレンチレストラン。私たちだけでいっぱいになるような小さなレストランだった。小さいといっても隅々まで現代的な美意識で整えられ、黒塗りの大きなテーブルが中央を占めていた。もう記憶も薄れてきているが、どなたかがお三人の芸術家を招待されたのだったと思う。 25,6の名も無き私がその席にいることさへ不思議だったが、そのとき流氏が私に訊ねたのである。「どんな作品を創っているのですか?」---そう言われても口ごもってしまいそうだった。たしか植松、重田両画伯が助け舟を出してくださり、「この人は、今、墨でやっています」というような紹介をしてくださった。 「カリグラフィーですか?」と、流氏が言われた。 「いえ、既製の墨ではなく、自分で作った墨のさまざまなニュアンスの黒で絵を描いています」と、私は応えた。 「ほーっ、墨絵ですか」 「日本風の絵ではなく、ペン画です」 「それはおもしろいことをしていますねー」 食事をお相伴させていただいたとはいえ、それは一瞬の出会いであった。しかし、私はこの大芸術家の謦咳を浴びたことを、忘れはしないだろうと思った。47,8年前の思い出である。 流政之氏のご冥福をお祈りします。