院長夫人のコーヒー
朝、主治医のクリニックに行く。年に2度、血液検査で糖とコレステロールの状態を検査してもらっている。まるで健康オタクのようだが、とにかく死の間際まで作品創造したいので、この検査によって食事管理(私の場合、口に入れるものは緑茶一杯さへ記録しているのだが)をしている。7年前に亡母の末期に在宅看護をしていた私の身体を診察した主治医が、高血圧症と糖尿病寸前の危うい数値を指摘した。以来、私は即座に食事内容を変え、記録をはじめた。現在まで1日も欠かさずにつづいている。・・・というわけで、年に2度の血液検査は、私の自己管理が機能しているかどうかを確認する、妙な言い方だが「楽しみ」なのだ。今日の結果は後日、電話でおしえてもらうことに。 診察後、院長夫人が別室に招いてコーヒーと菓子をご馳走してくださった。 そのコーヒー、貴重も貴重、グァテマラのエルサポテ農園の「ゲイシャ(あるいはゲシャともいう)」。急いで断っておくが、日本の「芸者」とはまったく無関係。・・・そんじょそこらで入手できるコーヒーではない。 もちろん大変高価。ちなみにコーヒー豆の国際取引の最も有名なパナマ・ベスト・オークションで、1ポンド(453.6g)が 601.00ドル(今日のレートで約65,695円)というのだから、小売値は・・・ウ〜ン! 夫人はそのローストした豆の香りをかがせてくださったが、いやー、嗅いだことがない香りだった。なんと言えば良いだろう。フルーティー? そうではあるが、一種類の果実ではない。当惑してしまうような、深い、独特の芳香。・・・表現できないなー。 私は遠慮しないでおかわりして2杯ちょうだいした。そして夫人とコーヒー談義、ヨーロッパのいわゆるお金持ちが最近自邸のバー・コーナーに設置しているという大変おしゃれなビルト・イン式のコーヒー・メーカー。おしゃれであるだけではなく、コーヒーを最良の状態、すばらしいおいしさで淹れることができる設備・・・そんな情報をカタログとともに。 そしてつづいて紅茶について。夫人は昔、紅茶についてきちんと勉強なさっていられる。その蘊蓄たるや、葉の色、その大小による名称の違い。湯温によって茶葉の状態がどんな動きをし、どの状態が最も香り高く、美味しいか、等々。ダージリンのちょっとびっくりする珍しい茶葉を見せてもらった。観察後、香りが抜けないようにすぐに密封してもらう。この紅茶を飲む器については、夫人と私の意見は一致。 さらに私の制作中の絵の話から、夫人がイギリスから取り寄せたという立派な手提げ金庫型の木箱に収まったアロマ・オイルのこと。それとは別に、35年前にお買いになって、現在ではもう肌につけることはできないのでアロマを楽しむだけとおっしゃるローズ・オイルを、私も楽しませてもらった。薔薇香水の原液と考えてよいものだ。お値段? ボールペンの軸ほどの太さで高さ1センチほどの小瓶で、35年前に1万円くらいだったそうだ。木箱に収められたイギリス製のセットは、まあ、言わぬが花でしょう。 興味深くお聞きしたのは、フランスとイギリスとでは考え方が違い、したがって製法にも違いがあるということ。わかりやすく言うと、フランスは香水のようにフレグランスを目的にし、イギリスは薬用(媚薬あるいは魔女の製薬の伝統)という考え方。おもしろい。 媚薬は、毒薬とともにイタリア・ルネッサンス期の宮廷文化のなかにもあったので、イタリアのアロマ・オイルの考え方も、私の頭にチラと過ぎったのだった。香料をめぐる文化論をやってみようか。私の蔵書に、わずか300部しか刊行されなかった名著、杉本文太郎著『香道』がある。今度、夫人にお見せしよう。 というわけで、午前中は院長夫人と楽しいひとときを過ごした。 4月に予定している私の講義について、受講者から問い合わせがあったそうで、そのほうは、ニューヨークへの作品の出荷後にあらためて日時を打ち合わせることに。 午後、制作。