昨日のCNNが興味深いニュースを伝えた。アメリカのイラク帰還兵の父親が戦場恐夢に悩まされ、睡眠薬過剰服用やアルコール依存が進行する日々に息子は心を痛めた。帰還から9年後、大学4年生になった息子は、父親の悪夢障害を治療するためのスマートウォッチ用のアプリケーションを開発した。CNNの説明によれば「睡眠中の心拍数と体の動きから悪夢を検知し、起こさない程度の軽い振動で夢を途切れさせる」のだという。父親を実験台にして改良をかさね、ついに父親を悪夢から解放した。このアプリを使ったキットは、2020年11月に米食品医療品局(FDA)の認可を受けたそうである。
私がこのニュースに目を留めたのは、私自身に痛ましい思い出があったからだ。
亡母が三度にわたるそれぞれ異なった原因による大手術受けて90歳の一命をとりとめた。げっそり痩せこけて長期入院をしていたとき、私と弟は昼夜二交替で毎日見舞いに行っていた。或る日、病室に母の姿はなく、身の回りの物もなくなっていた。・・・じつは長期間身動きが取れない状態だった母は悪夢障害に陥っていたのでる。夜中に恐怖の叫び声をあげ、病室から ナース・ステーションに附属したベッドに移されたのである。
・・・しかし、その処置が良かったのか悪かったのか、私には現在でも判断がつかない。
大学病院のナース・ステーションというのは病院のなかで最も騒々しい場所なのだ。様々な医療器具を出し入れする音、各病室からの呼び出し音、器具洗浄の絶え間ない水音、主治医回診のための打ち合わせの声、点滴用のスタンドを転がす音、薬品や器具運搬のワゴン車の音、患者運搬のストレッチャーの音。・・・母はあいかわらず身動きが取れないまま、一日中真っ白い天上を見てそれらの騒音だけを、閉ざされたカーテンの陰で、何の音であるか判断できないまま聴いているのである。母の意識は、もう自分がどこにいるのかも分からなくなっていたようだ。聴こえる騒音から地下鉄に乗せられているのではないかと妄想し、私が夕方顔を見せると、「にいちゃんは何処から来たの? 何処か逃げる出口があるの?」などと言いながら、私が来た出入り口を探るように私の顔を食い入るように見つめた。さまざまな妄想と幻影が母の意識を占領していた。愛猫たちが幻影の中に現われることもあった。猫がどこそこの市役所の木の上で鳴いているなどと私に訴えたりした。
私には悪夢治療アプリを発想する能力も、それを開発する知識もなかった。私は、母を悪夢障害から救えるとしたら、母を住み慣れた自宅に連れ帰ることしかないのではないかと思った。骨と皮ばかりに痩せ細ってしまったが、動脈解離を自力回復し医師からも驚異と言われていた母の生命力を私は期待した。
無謀かもしれなかったが、私は母を自宅で死なせたかった。
在宅医療が開始された。母の悪夢は消えた。見慣れた自宅の光景のなかで微笑みもうかべるようになった。ドミソの音符を口ずさみながら空中に指でピアノを弾くまねもした。
その後、4年間、私は医療ベッドの下のフロアにごろ寝して(4年間、一度も蒲団に入らなかった)、文字通り24時間の看護をした。そして、或る夜、いつものようにすべての世話を終わって、フロアに寝転ぶために「おやすみ」と言おうと母を振り返った。静かに母は死んでいた。
その幾日前であっただろうか、「にいちゃんと一緒に暮らせて楽しかった!」と母は言った。「そうかい、それは良かった」と私は応えた。
悪夢治療アプリを開発したタイラー・スクルザセクさん、すばらしい仕事をされました。お父様のパトリックさん、悪夢障害から完全治癒して本当にようございました。お父様が戦場から帰還されて9年後に息子さんのアプリが完成したのですね。私の母が亡くなって9年になりました。