驚いた。ニューヨーク市がビルの重さで地盤沈下がおこっているという。米国の地質調査所などの研究結果がこのほど発表された。この地盤沈下によるニューヨーク周囲の海面上昇は、2050年までに約20〜76cmになる予想だ。現在、地盤沈下は年間1~2mmほどらしいが、洪水により街が浸水するおそれは否定できないようだ。ただし・・・と発表は付加している・・・一部の地域では地盤沈下がおこっていないので、その理由は不明だという。
昔、私が子どものころ、ニューヨーク市で摩天楼(天に近づく塔)が可能なのは、非常に固く厚い岩盤のためと地震が無いからだと聞かされたものだ。日本に高層建築ができないのは、地盤がやわらかいことと地震大国といわれるほど頻繁に地震が発生する地球規模の地質構造による、と。
その従来の定説をくつがえすような高層建築が、東京のみならず日本の他の大都市につくられるようになったのは、いつごろからだったろう。東京・池袋にサンシィン 60 が開業したのが1978年。メインビルディングは高さ239.7m。これはたしか1985年まではアジアで最も高い建築だった。地盤対策をふくむ建築技術の格段の進歩によるのは無論である。しかもその建築技術は、まるで逆転の発想というべき軟構造の採用。足許から頭のてっぺんまでガッシリ固めてしまうのではなく、「風の吹きようで靡(なび)きましょうわいなー」とでも言うかのように。
そのような軟構造の高層建築が、たしかに、地震のときにゆらゆらと揺れている映像が報道されたことがある。建物自体の構造的な揺れによって地震エネルギーを逃がしているのである。まるで禅の境地だ。日本人にはきわめて理解し易い理屈である。
しかしながらその高度な現代建築技術が、はたして古代ギリシャのアクロポリスのパルテノン神殿や日本の法隆寺五重塔の建築技術を凌駕して、環境変化の荒波を乗り越え、2500年、1300年という長い時間と時代嗜好に耐えられるかどうか。耐震研究が「永遠性」と結びついているのかどうか。たぶん、私が思うに、たぶんだが・・・現代建築家には「永遠性」をめぐる哲学はないであろう。
現在、世界の金満経済国では、摩天楼を経済指標とするかのように、その高さを競っている。かつて1930年までの数年間、ニューヨークのクライスラー・ビル(竣工1930年、全高320m)とエンパイア・ステイト・ビル(竣工1931年、全高443m)とが競いあった(滑稽な)話が伝わっている。当時、世界を驚嘆させたその高さも、現在ではまるで問題にならない。UAEのドバイのブルジュ・ハリファは全高828mである。上海の上海中心ビルは全高632m、サウジアラビアのメッカに建つアブラージュ・アル・ベイト・タワーの全高は601m。電波塔ではあるが東京スカイツリーの全高は634mである。
そしていまやサウジアラビアのジッダに1.000m超の高さのビルディングが計画されている。その名もキングダムタワー(王国塔)という。すでに3社の合同建築が決定している。
ニューヨークのマンハッタンには遠目には鉛筆のようなレジデンシャルビル(住居専用)が高さと内装の豪華さを競いあう。建ち並ぶ57番通りはビリオネア・ロウ(億万長者通り)と称されている。ニューヨーカーは super slenderest building と言い、不動産業者はエンパイア・ステイト・ビルが見下ろせると自慢し、一戸分が約200億円から260億円で販売されているようだ。
これらの超高層建築の寿命がどれほどか私は知らないが、ニューヨーク市が建築物の重さによる地盤沈下で沈みつつあると聞けば、まことに不謹慎ながらそのカタストロフィを見たい気もする。旧約聖書をもちだしてバベルの塔の崩壊を思い出さないこともない。しかしいまさら神話をあげつらうこともない。米国地質調査所の科学的な警告が出たのだ。人間というのは良いにつけ悪いにつけ、その欲望はころがりだしたら止まらない。厚い岩盤が沈むのを止められないなら、それならばいっそうのこと崩壊する摩天楼を見たいという私の気持は、絵描きの業(ごう)だろうか。バベルの塔の崩壊を描いた多くの画家たちのように。
ピーテル・ブリューゲル「バベルの塔」1568年頃作
ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館蔵
(実物がかつて日本で公開されたことがある)
山田維史「バベルキューブ」1994年作 作者蔵
(日本軽金属グループ機関誌のために制作
視覚トリックによる多次元建築)