鉢植えのガクアジサイ(額紫陽花)が咲きそろった。去年までは薄青色だったが今年は薄桜紫色だ。和色名だと紅紫(こうし、べにむらさき)にほぼ近いか。土を変えたわけではないのだが、与えた液体肥料のせいで土の成分が変わったにちがいない。きれいな紫色である。
この色は油絵具で出すのはむずかしい。
油絵具の紫系純色は、いまは無いパリのブランシェ社の手練り色名表によると、モーヴ(Mauve)、ミネラル・ヴァイオレット(Mineral Violet)、コバルト・ヴァイオレット・デイープ(Cobalt Violet Deep)、コバルト・ヴァイオレット・ライト(Cobalt Violet Lifgt)、この4色である。
モーヴは、1856年にイギリスのW.パーキンによってアニリン・レーキを使って作られた。良心的なメーカーのモーヴには「Fugace(仏語:フュガス)」という注意書きが付されている。「消え去りやすい」という意味だ。すなわちモーヴは耐久性に欠けるのである。
コバルト・ヴァイオレット・デイープは、1859年にサルベタという人が発明した。この色は鉛や鉄を嫌うので、シルバー・ホワイトやオーカーなどとの混色は避けなければならない。乾燥は遅い。また乾燥後に湿気にあたると赤みを増すので、乾燥後は表面をコーティングする必要がある。皮膚や粘膜を腐食する毒性があるので充分注意すべきである。
コバルト・ヴァイオレット・ライトは、上記のディープを薄めたものではない。1880年にジェンティユという人が発明した。ディープとライトは顔料組成がまったく異なる。しかしながら鉄や鉛を嫌うことや、乾燥が遅いことや、空気中の湿気に対する反応は、ディープとまったく同じである。
我家のガクアジサイの花の色から油絵具の紫系について少し専門的なことを述べたが、ことほど左様に絵を描きながら紫を思うがままに表現するのはむずかしい。上の4色を使わずに他の絵具を混色して紫色を作る方法もあるが、これもまた思うように美しい紫にするのがむずかしい。軽やかな澄んだ透明感が出ない。いや、これは無論私にそれができないというだけだが・・・
ついでに述べれば、印刷インクの紫系は耐光性に欠ける。また耐久性にも欠ける。顔料組成は油絵具と同じなのだから当然である。したがって紫色を本の表紙やポスターなどに使用するには注意がいる。試作品をつくり長時間経過変質の余裕がないときは、むしろ避けたほうがよいかもしれない。ほとんどの場合、そんな時間はないはずだ。
庭の紫陽花を見ながら、それぞれの植物の色・・・自然の色に、私はいまさらながら嫉妬しているのである。