アメリカ大統領選挙の結果はいまだ開票中だが、すでに結果が出たという報道もある。いまや世界は二極化しつつあり、それは独裁主義を志向するプーチン氏の狙いどおりに進みつつあることを意味する。独裁者にとって中立的な思想、中立的な国々は必要ない。中立的な思想は独裁者の足元を危険にするからである。アメリカ大統領の結果如何でプーチン氏の思惑は完成するだろう。民主主義は絶体絶命の淵にある。
さて、そんな世界情勢から目をそらすわけではないが、私は映画史をたどるうえで重要なジュルジュ・メリエス(Georges Méliès:1861-1938) のドキュメンタリー映画を観た。"LA MAGIE DE MÉLIÈS - Magicien du cinéma (メリエスの魔法 - 映画の手品師)"である。
メリエスについては、私はこのブログ日記の2014年7月26日に「エリック・サティをめぐる三日間の符合」で少しばかり触れた。また、私の医療クリニックでおこなった美術講義のある回、「遠近法の思想と視線の哲学」においても触れた。
私はメリエスの『月世界旅行』を観ているし、そのほかの映画作品も観ているが、上述のドキュメンタリーの中で、メリエスが1896年5月か6月頃に撮影したカンカン帽をかぶったメリエス自身が写っているフィルム、およびそのシーンの模倣ともいうべきルイ・リュミエールが撮影したフィルムのシーンが、時代精神を反映しているのみならず画家セザンヌの『Card Players (カード遊びをする人たち:1892-1893年作)』(ニューヨーク、メトロポリタン美術館蔵)の画面構成が直接的に影響していると指摘している(29:13~30:56)。そのメリエスのフィルムはフランス本国では失われたものとおもわれていたが、ロンドンの「国立映画テレヴィアーカイブ」に所蔵されていることが判ったという。
私は、セザンヌの「影響」ということを初めて知った。そしてここで指摘しているフランスの1896年頃の「時代精神」という点に注意した。セザンヌの『カードプレイヤー』をその視点で考えたことがなかった。
"LA MAGIE DE MÉLIÈS - Magicien du cinéma”
セザンヌ「カードプレイヤー」
メトロポリタン美術館所蔵