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バス停のそばにあるコンビニの角を曲がると、そこから先は商店街になっている。実家まであと少し。実家は商店街の中にある路地を右に折れてすぐのところにある。 車が二台すれ違うのもやっとの狭い通りで、電柱などにぶら下げられた花の飾りが、ずっと奥の方まで続いていた。いつ飾りつけられたのかも分からない。もうだいぶ前からあるような気もする。ポリエステル製の花飾りはところどころちぎれて、派手な原色の赤や青はすっかり色褪せていた。 昔はこの小さな商店街に八百屋だって魚屋だって二軒ずつあって、毎日たくさんのお客で賑わっていた。肉屋だって繁盛していた。その他に野菜も魚も肉も扱うスーパーもあったけれど、そこだっていつもお客が絶えなかった。 遠くからも買い物に来る人がたくさんいて、夕方の買い物客で一番賑わう時間帯は、車を通行止めにして歩行者天国にしていたほどだった。 けれどそこで暮らしている人たちが年老いてゆくのと一緒に、商店街もまた年をとった。少し離れたところに次々とできた大型スーパーに勢いを奪われ、ぽつりぽつりと店を閉めるところもあったし、商売替えをするところもあった。残った店も繁盛しているとは言い難く、言い方は悪いがいつ潰れてもおかしくないようなところばかりだった。 少し前までは、再生しようとする様々な試みもあった。商店街のスタンプをためると割引してもらえたり、買い物の金額によって福引の抽選券がもらえたり。それでも流れを変えることはできなかった。 今は停滞に近い状態でゆっくりと沈んでいくのを、諦めに似た境地で眺めている、そんな雰囲気だった。それは悲しんでいるとか、嘆いている感じではなく、縁側でぼんやり庭を眺めながら、お茶をすすっているお年寄りみたいな感じだった。商店街が寂れてしまったことは決して喜ばしいことではないけれど、なんていうか、無理に頑張らないであるがままを受け入れた感じがして、私にはちょっと心地良かった。 でもそんなふうに呑気なことが言えるのは、私や実家が商売する側ではないからだよなぁ。ここで商売している人たちにとっては死活問題だもの。 そんなことを考えながら歩いていたら、ふわりとコーヒーの香りが鼻をかすめた。商店街の中ほどにカフェができていた。つい最近オープンしたばかりのようで、店の前に置かれた白い胡蝶蘭には開店を祝う紅白のリボンが結ばれていた。ガラス張りのこぢんまりとした店内には、二人分のティーセットを置いたらいっぱいになってしまいそうな小さなテーブルが二つだけ。 「小さくてもいいから、いつか自分の店を持つのが夢だったんです」 そんなマスターの声が聞こえてきそうな店だった。 それにしてもここは以前、できたてほかほかがウリの弁当屋だった場所で、弁当屋に変わる前は八百屋だった。隣の和菓子屋もとうの昔に店をたたみ、何年もの間シャッターが下りたままになっている。 大きなお世話だろうけど、「どうしてこんな場所でカフェを?」と思わずにはいられなかった。胡蝶蘭の清らかなまでの白さも、ガラス越しの光がゆるく反射する新しいテーブルも、ほんの少し周りの景色から浮いていた。 けれどこの商店街が忘れられていく中にあって、それでもまだ新しい風がこの町に吹こうとしているかのようで、ほのかに漂ってくるコーヒーのいい香りが、あるがままを受け入れようとする町の空気と溶け合い、これから先何年もかけてゆっくりとここの香りになってくれたらいいなとも思った。 ふと父のことを思い出した。コーヒーなんてしゃれたものを好むような人じゃなかった。熱いお茶に甘いあんこがたっぷりのお饅頭、そういう人だった。 向かう実家に父はもういない。父は二年前の冬に他界した。 父が亡くなったことも、この町の空気にすっかり溶けてなじんでいた。それは潤いに満ちた少し冷たい靄のようになって、いつも私の隙間に入り込んでくる。そんな気がした。(つづく) ※迷惑コメント対策で「http:」を禁止ワードに設定しました。 URLをご記入の際には「http:」とご記入にならないよう、お願い致します。 ※基本的にいただいたコメントに対するお返事は、 サイトをお持ちの方で私がURLの分かる方は、お邪魔してお返事させていただいてます。 サイトの運営をされていない方、URLの明記は避けたい方のみ 私のブログ内のコメント欄でお返事させていただきますので、 お手数ですが後日お返事を見に来ていただけると嬉しいです。^^ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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