「こんにちは。」
いつも鍵の閉まっていない玄関の戸を開けた。
「いらっしゃい。あらあら、雨になったのね。もう梅雨かしら。」
「そうですね。朝から、どんよりした雲行きだったから。」
「細かい雨ね。でも、ぬれていない?タオルを持ってくるわ。」
「大丈夫です。」
「そう?さあ、中に入って。お父さんも待っていたのよ。先週は来なかったから、ちょっと心配していたの。」
「裕太が、熱を出しちゃって。」
「まあ、風邪?お天気がこんなだから。」
「ええ、38度の熱があるって学校から電話が掛かってきて。」
「そうなの。大変だったわね。で、もう、大丈夫なの?」
「2日ほどで熱は下がって、直ぐにピンピンしていました。」
「男の子はそうよね。でも、直ぐに治ってよかったわ。お父さん、理彩さんよ。」
奥の茶の間の襖が開いた。
「いらっしゃい。」
いつもの穏やかな笑顔だった。
『お父さん。』
「今日は、カツサンドを買って来たんです。」
「まあ、久しぶり。じゃあ、お紅茶入れようかしら。」
「それに、これ。もし、編み物ご存じだったら、教えて頂こうかと思って。」
理彩は、紙袋から編みかけの裕太のセーターを取り出した。
「え、何かしら?セーター?」
そう言うと、一瞬、顔の表情がこわばったように見えたのは、理彩の思い過ごしだろうか。
「いいわよ。これ、裕太君の?」
「ええ。母が、編みかけていて。」
「そうだったの。いいわよ。今年の秋までには、できそうね。」
「そうですね。」
二人は、一緒にいたずらっぽく笑った。
カツサンドを食べてから、理彩は、セーターの編み方を教わった。
「全部表編みね。それで、ここと、ここと真ん中に縄編みが入っているのね。じゃあ、こうやって持ってみて。」
「こうですか?」
「そうそう。それで、毛糸を編み棒で拾ってこの穴の中を通して。」
理彩は、女性の体温が伝わって来そうな程近くに座っていた。
何とも穏やかな気持ちになるのだった。
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